深堀りQ&A:気候変動が世界に与える影響に関するIPCCの第6次評価報告書
気候変動が人類の幸福と地球の健康にもたらす脅威は「明白」であると、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新報告書は述べている。
IPCCの第6次評価報告書(AR6)の第2部をなすこの広範なレビューは、気候変動を遅らせ、その影響に適応するためのグローバルな行動をこれ以上遅らせると、「すべての人にとって住みやすく持続可能な未来を確保するための短く、急速に閉じゆく機会の窓を逃すことになるだろう」と警告していています。
この報告書は、地球の気候がどのように、そしてなぜ変化しているのかを明らかにした、昨年8月発表のAR6の第一パートに続くものです。
過去2週間、政府代表団は2週間のオンライン承認セッションで、ハイレベルな「政策決定者向け要約」セクションに合意するために会合してきてきました。
最終報告書は、ロシアのウクライナ侵攻が起こっている状況で公表されるため、ウクライナ代表団の中には承認セッションを途中で切り上げ、防空壕に隠れなければならないメンバーもいました。メンバーの一人は、「私たちはウクライナで降伏することはない。同様に世界が気候変動にレジリエントな未来を築くために降伏しないことを望む」とコメントしました。
地球温暖化の影響とそれに適応するための努力に焦点を当てたこの報告書は、気候変動が地球全体でどのように感じられるかを赤裸々に語っています。その中で、報告書は次のように結論づけています。
- 気候変動は、すでに「陸上、淡水、沿岸・外洋の海洋生態系に多大な損害を与え、ますます回復不能な損失をもたらしている」。
- 陸上および淡水の全生物種のうち、「絶滅のリスクが非常に高い」種の割合は、1.5℃で9%(最大14%)に達する可能性が高い。これは2℃では10%(18%)、3℃では12%(29%)に上昇する。
- 約33億〜36億人が「気候変動に対して非常に脆弱な状況で生活している」。
- 気候変動の影響が脆弱性の高い地域と交差するところでは、「人道危機を助長し」、「すべての地域でますます移住を促し、小島嶼国は不均衡に影響を受けている」。
- 天候や気候の異常現象の増加は、「何百万人もの人々を深刻な食料難にさらし、水の安全保障を低下させている」とし、アフリカ、アジア、中南米、小島、北極の一部で最も大きな影響が見られる。
- 2100年までに世界人口の約50-75%が、極端な暑さと湿度により「生命を脅かす気候条件」にさらされる可能性がある。
- 気候変動は、「特に脆弱な地域において、食料生産と食料へのアクセスにますます圧力をかけ、食料安全保障と栄養を弱体化させるだろう」。
- 気候変動と異常気象は、「近い将来から長期に渡って、健康障害と早死を著しく増加させる」だろう。
報告書は、地球温暖化が1.5℃を超えた場合、たとえその世界平均気温を一時的にオーバーシュートして再び低下したとしても、「不可逆なもの」を含め「人間と自然のシステムはさらなる深刻なリスクに直面する」と警告しています。
これらの影響に対応するため、適応への取り組みが「あらゆる部門と地域にわたって観察され、複数の利益を生み出している」と執筆者らは述べていますが、この進展は「不均等に分布」しており、また「断片的で規模も小さく(かつ)漸進的」です。
その結果、「現在の適応レベルと、影響に対応し気候リスクを低減するために必要なレベルとの間にギャップが存在する」と、報告書は警告しています。
これらのギャップは、「適応の推定コストと適応に割り当てられた文書化された資金との間の格差が広がっていることが部分的に原因である」と執筆者は述べ、さらに、世界の気候資金の「圧倒的多数」は、これまで気候変動の緩和に照準を合わせてきたと付け加えています。
国連事務総長のアントニオ・グテーレスは、この報告書について、「人間の苦しみの地図帳であり、気候変動に対するリーダーシップの失敗を厳しく非難するもの」だと述べています。
グテーレスはG20各国政府に対し、「石炭火力発電所の解体」を呼びかけ、「現在の出来事があまりにも明らかにしているように、化石燃料に依存し続けることは、世界経済とエネルギー安全保障を地政学的ショックや危機に対して脆弱にする」と警告しています。
以下の詳細なQ&Aでは、カーボン・ブリーフが報告書の主要な発見とIPCCの前回の評価以降の進展について解説しています。各セクションへの移動には、リンクをご利用ください。
- 第2作業部会報告書とは何ですか?
- 気候変動は陸上や淡水の生態系にどのような影響を及ぼしているのでしょうか?
- 地球温暖化は海洋生物にどのような影響を及ぼしているのでしょうか?
- 気候変動は世界の水にどのような影響を及ぼしているのでしょうか?
- 食料と農業への影響について、報告書はどのように述べているのでしょうか?
- 気候変動は世界の都市にどのようなリスクをもたらすのでしょうか?
- 報告書は公衆衛生、紛争、移民についてどのように述べているのでしょうか?
- 気候変動は、貧困や持続可能な開発目標に向けた進捗にどのような影響を与えるのでしょうか?
- 世界はどのように気候変動に適応しているのでしょうか?
- 適応には限界があるのでしょうか?
- 報告書は「損失と損害(loss and damage)」についてどのように述べているのでしょうか?
- 「悪適応」のリスクや気候変動への取り組みが意図しない結果をもたらすことはないのでしょうか?
- 適応と緩和において、自然を基盤とした解決策はどのような役割を果たすことができるのでしょうか?
- 報告書は、気候変動にレジリエントな開発についてどのように述べているのでしょうか?
- 報告書には、特定の地域についてどのような情報が記載されているのでしょうか?
§ 1. 第2作業部会報告書とは何ですか?
今回の報告書は、IPCCの最新の評価サイクルの一部であり、1988年の設立以来6回目の「評価報告書」セットとなります。前回の第5次評価報告書(AR5)は、2013年から14年にかけて発行されました。(カーボンブリーフの報道はこちら)。
AR6に向けたIPCCの取り組みは、例年通り、3つの「作業部会」に分かれています。
- ワーキンググループI(WG1):物理科学的基礎
- ワーキンググループII(WG2):影響、適応、脆弱性
- ワーキンググループIII (WG3):気候変動の緩和
2017年9月に、IPCCは3つのワーキンググループすべてのアウトラインに合意しました。そして2018年4月、IPCCは選出された執筆者を発表しました—総勢700人以上、全員がボランティアで活動しています。
WG2報告書は、2021年8月のWG1報告書に続き、2番目に発行される報告書です。WG3報告書は今年3月か4月に発行され、その後9月に統合報告書が発行される予定です。
当初は2021年10月に発行される予定でしたが、Covid-19のパンデミックによる混乱で発行時期が延期されました。
また、IPCCは完全な評価報告書だけを発行しているわけではないことも注目すべき点です。第6次評価サイクルでは、3つのトピックに関する短めの「特別報告書」も発表されています。
(なお、IPCCは、国別温室効果ガスインベントリのガイドラインに関する2019年の「方法論報告書」を発表しています)
IPCCの任務は、「国連気候変動枠組条約の文脈において、政府をはじめとする複数の主体(国際連合を含む)による気候変動対策に情報を提供するために、利用可能な科学的情報と証拠を提供すること」であると、報告書は述べています。
特に、WG2報告書の目的は、「気候変動の影響、適応、脆弱性に特に焦点を当てた、持続可能な開発という文脈における気候変動対策の課題」を扱うことである、と執筆者たちは書いています。
報告書は18章からなり、そのうち7章は大陸に特化しており、南極に代わって「小島嶼」が入っています。また、「生物多様性ホットスポット」や「極地」などのトピックに焦点を当てた7つの「章をまたいだ論文」とともに、これらの章は報告書の「地域」セクションを構成しています。総ページ数は3,000ページ以上に及びます。
これまでのアセスメントとは対照的に、新しい報告書では、「適応の普及が進んでいること、また現在の多くのリスク、影響、脆弱性の見積もりが既に実施されている適応行動を織り込み済みのものである度合いを反映し、個別の適応の章をたてず、それぞれの地域別・部門別の章に適応に関する評価を組み込んだ」と執筆者らは述べています。
報告書執筆の過程で、3つのドラフトが多くの専門家や政府によってレビューされてきました。例えば、第1次ドラフトには16,000件以上、第2次ドラフトには40,000件以上のコメントが寄せられています。
報告書の本編が完成し、最終段階として、政府代表団による政策立案者向け要約(SPM)の行ごとの承認が行われました。この承認会議は、実質2週間にわたって行われました。2月25日金曜日に終了する予定でしたが、日曜日の朝にSPMと基本報告書が正式に受理される前まで、セッションがオーバーランしてしまいました。
AR6 WG1と同様に、WG2報告書は、第6次結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP6)の一部として作成された最新世代の全球気候モデルからの出力を使用しています。CMIP6は、世界中の数十のモデルリンググループが作成した約100種類の気候モデルによる「ラン」から構成されています。具体的には、WG2はWG1で開発された「評価済み温暖化」予測を使用しており、これは気候モデルの出力に加え、「複数の証拠」を考慮したものです。(これについては、カーボンブリーフのWG1報告書に関する記事で詳しく説明している)。
この報告書は、AR5以降で広範囲に使用されたCMIP5の出力も使用していて「気候の影響に関する文献は、主にAR5またはそれ以前に評価された気候予測、あるいは想定される地球温暖化レベルに基づいているが、最近の影響に関する文献にはCMIP6実験に基づく新しい予測を使っているものもある」とSPMは述べています。
WG2報告書は、WG1と同じ5つの共通社会経済経路(SSP)を使用しています。これらは、将来の社会経済発展に関する広範なシナリオを記述し、将来のエネルギー使用と温室効果ガス排出のシナリオと対になっています。これらのシナリオは、21世紀末にそれぞれがもたらすおおよその放射強制力レベルに従って命名されています。
(カーボン・ブリーフのSSPに関する詳細な解説をお読みください。)
下の図(WG1報告書より)は、SSP(列)と強制力レベル(行)の組み合わせを示していますが、各社会経済経路全ての強制力レベルが可能なわけではありません。この図には、AR5で使用された「代表濃度経路」(RCP)も示しています。これらは、SSPと直接比較できないと報告書は述べています。
白い文字で書かれた最終的なSSPは、5つの例示的なSSPシナリオのコアセットを示しており、「2100年までの気温上昇の最良推定値が1.5℃以下から4℃以上まで取りうる、妥当性のある社会および気候の将来像の広い幅」を抑えています。
- SSP1-1.9:温暖化を「わずかなオーバーシュートの後」2100年に1850-1900年比で約1.5℃に抑制し、今世紀半ば頃にCO2を正味ゼロにすることを想定している。
- SSP1-2.6:温暖化を2℃未満に抑制し、今世紀後半にはCO2排出量を正味ゼロにする。
- SSP2-4.5:パリ協定に基づく削減目標の上限にほぼ一致する。このシナリオは「気候政策の追加なし」の参照シナリオから穏やかにそれており、その結果、最良の見通しでは21世紀末までに約2.7℃の温暖化が起こる。
- SSP3-7.0:追加的な気候政策を行わなかった結果「高いエアロゾル排出を含む、特に高い非CO2排出」を伴う中位から上位の参照シナリオ。
- SSP5-8.5:追加的な気候政策を実施しない場合の高水準の参照シナリオ。
WG2報告書は、AR5が記載した記述の確実性のレベルを伝えるために使用した「調整された用語(calibrated language)」と同じものを使用しています。これらの用語は2つのカテゴリーに分類されます。
- 「確信度とは、知見の妥当性に関する定性的な判断を反映するものである。それにより、評価結論間の比較がより容易になる。証拠と見解の一致度が高まれば、確信度が増すことになる。」
- 「不確実性を定量化できる場合、この枠組みではさらに、評価結果を可能性用語やより正確な確率の表現で特徴づけるオプションが含まれる。確率論的判断は、統計的分析やモデリング分析、専門家の意見聴取、その他の定量分析に基づくことができる。可能性の高い課題は通常、所見に対する高いまたは非常に高い確信度に裏付けられている。」
これらの確信度と可能性に関する記述-下図に記載-は、報告書とこの記事でも斜体で示されています。
例えば、報告書の冒頭では、「IPCC AR5以降、地球の気候に対する人間の影響は明白になり、ますます明白になり、広まり、増大する科学文献と世界中の人々の認識と経験の両方に反映されている」と、高い確信度をもって述べています。
同様に、報告書が事実を述べている場合、その表現に校正は必要ありません。例えば、執筆者は「大気中の温室効果ガス濃度を制限することは、気候関連のハザードを減らす一方で、適応と持続可能な開発は、それらのハザードへの曝露と脆弱性を減らす」と記しています。
その結果、執筆者は「適応と緩和の行動を持続可能な開発目標と共に実施することは、相乗効果を発揮し、トレードオフを減らし、3つ全てをより効果的にするのに役立つ」と述べています。
§ 2. 気候変動は陸上や淡水の生態系にどのような影響を及ぼしているのでしょうか?
気候変動は、「世界のあらゆる地域の陸上生態系に多大な損害を与え、不可逆的な損失を増大させている」と、報告書は述べています。
自然界に対する気候変動の影響の範囲と大きさは、「これまでの(IPCCの)評価で見積もられたものよりも大きい」。
陸上の種の地理的範囲、生理、形態に対する変化が気候変動に起因する可能性が非常に高いことを示す証拠がある、と報告書は述べています。また、気候変動は動物の「フェノロジー」(主要な生命現象の時期)にも影響を及ぼしている可能性が非常に高いと述べています。
調査対象となった陸上の種の半数については、「地域的な気候変動」に応じて地理的分布が移動している、と報告書は述べています。
地球規模での種の移動は、生態系の構成を「変化」させ、侵入種の拡散を「可能」にしていると、報告書は中程度の確信度で述べています。
報告書によると、気候変動により野生動物の病気が増加しています。実験的研究によれば、気温の上昇とより厳しい異常気象が、新しい地域で新しい病気が発生することに一役買っているとのことです。
北極に近い国々では、気候変動が人間に感染する媒介性疾患の拡大を助けたという証拠がある、と付け加えています。
一方、北米北部、ヨーロッパ、アジアでは、「暖かい冬が死亡率を下げ、生長期間が長くなり、1年に多くの世代が生まれる」ため、森林害虫による被害が大きくなっています。
(気候変動と生物多様性の損失がパンデミックのリスクをどのように変化させているかについてのカーボンブリーフのQ&Aをお読みください)。
報告書によると、少なくとも3つの種の絶滅または絶滅寸前に気候変動が関与している可能性があるとのことです。
オーストラリアに生息するシロハラポッサムや、グレートバリアリーフの北端にある植生サンゴマウンドに生息するネズミの一種、ブランブルケイズ・メロミスの野生での絶滅に、気候変動が関与した確信度は高いとしています。また、気候変動がコスタリカの雲霧林に生息するゴールデン・ヒキガエルの絶滅を促進したと、中程度の確信度で付け加えています。
976の動植物を対象とした調査では、47%が気候による変化の結果、局所的な絶滅に見舞われたことが判明したと報告書は付け加えています。
前回のIPCC AR5 WG2報告書が2014年に発行されて以来、バイオームのシフトや生態系内の構造変化が増加していると報告書は述べています。
「新しい研究が、以前の報告書で予測された変化を報告している」”とIPCCは述べています。これには、高山や北方林への上方シフトや、亜寒帯ツンドラでの樹木の増加などが含まれます。
また、気候変動、放牧、火の管理などの組み合わせにより、草原やサバンナへの樹木の侵入が進んでいる、と報告書は付け加えています。
調査結果によると、気温、乾燥、干ばつの増加の結果、世界の自然土地の4分の1は現在、火災の季節が長くなっているとのことです。
人為的な気候変動が、1980年代以降、米国西部で山火事による焼失面積を倍増させたことを示す証拠があります。
また、アマゾン、北極圏、オーストラリア、アフリカ、アジアの一部でも森林火災による焼失面積が増加しています。しかし、これらの増加は、厳密には気候変動との関連が証明されていない、と報告書は述べています。(気候変動と山火事の関連性については、カーボン・ブリーフの詳細な解説をお読みください。)
さらに、気候変動は干ばつへ影響して樹木の大量枯死を引き起こしています。アセスメントによると、アフリカ、アジア、オーストラリア、ヨーロッパ、アメリカ大陸で、干ばつによる樹木の枯死が100件発生した可能性があるとのことです。
人類が陸に与える影響にもかかわらず、陸は毎年排出する以上の炭素を貯蔵している、と報告書は述べています。陸は現在、約3.5兆トンの炭素を貯蔵しており、これは未採掘の化石燃料が貯蔵する量の3〜5倍、現在の大気中の量の4倍に相当します。
しかし、将来の気候変動は、陸域生態系のまさに「基本的な部分」を脅かすものである、と報告書は述べています。
IPCCの「バーニングアンバー」の図は、陸域(および水圏)生態系に関連する主要なリスクの深刻度が、温暖化のレベルに応じてどのように変化し得るかを示したものです。
この図では、紫色は深刻な影響やリスクが発生する可能性が非常に高いことを、赤色は重大で広範囲な影響やリスクを、黄色は検出可能なリスクを、白色は検出可能なリスクがないことを表しています。
黒い点は、調査結果の確信度を示しており、非常に高い(4点)、高い(3点)、中程度(2点)、低い(1点)、となっています。
絶滅の危険性が非常に高い種(IUCNレッドリストで「深刻な危機」に分類されている)の割合は、1.5℃で9%(最大14%)、2℃で10%(18%)、3℃で12%(29%)、4℃で13%(39%)、5℃で15%(48%)に達する可能性が高いと報告書は述べています。
昆虫(特に送粉者)、両生類、花は、「中程度の温暖化」(3.2℃)で最大の絶滅リスクに直面すると、同報告書は付け加えています。
「種の喪失は、生態系がサービスを提供する能力を低下させ、気候変動に対するレジリエンスを低下させる」と執筆者らは述べています。
報告書は、「より頻繁で強烈な極端現象が、長期の気候トレンドに重なり、敏感な種と生態系を、生態学的・進化的適応能力を超えて転換点へと押しやり、急激でおそらく取り返しのつかない変化を引き起こしている」と、中程度の確信度で指摘しています。
将来的には、気温上昇が一時的に1.5℃を超え、数十年後にこの温暖化レベル以下に戻るというシナリオは、多くの種を「生理的許容限界」以上に押し上げる可能性があると、報告書は述べています。
「これらの変化は、種の絶滅を含む生物多様性の喪失や変化、生態系サービスの喪失を伴う生態系の崩壊や新しい生態系状態への移行をもたらすかもしれない」と付け加えています。
4℃の温暖化では、地球上の地表の3分の1以上(35%)がバイオームの移動を経験する可能性がある、と報告書は述べています。気温が2℃以下に抑えられれば、これは15%未満に抑えられる可能性があります。
このレベルの温暖化では、アマゾンの熱帯雨林の大部分が乾燥し、植生密度が低くなり、北極圏ツンドラへの北方林の移動がさらに進み、山岳森林が高山草原へと斜面をつたって上方移動する可能性があると報告書は述べています。
また、気候変動だけでなく土地利用の変化にもさらされている地域では、バイオーム移動のリスクは2倍から3倍にもなるとしています。
(ティッピングポイントの詳細については、カーボン・ブリーフの詳細な解説をご覧ください。)
また、地球の気温が4℃上昇すると、世界の山火事の頻度は正味で30%増加する可能性があると、報告書は中程度の確信度で述べています。
気候変動が生態系に与える影響は、陸域炭素の大気中への放出を「大幅に」増加させ、「自己強化型」のフィードバックループを引き起こす可能性があります。「気候-生物圏フィードバックの正確なタイミングと大きさ、および炭素損失の潜在的なティッピングポイントは、大きな不確実性によって特徴付けられる」と、報告書は述べています。
§ 3. 地球温暖化は、海洋生物にどのような影響を及ぼしているのでしょうか?
これまでのIPCC報告書は、人類の排出が海洋とその生態系に影響を与えていることを「確信に変わりつつある」としています。前回の評価報告書以降、観測研究、モデル研究、古気候指標、先住民の知識など、より多くの研究が行われ、気候変動が海洋生態系に影響を与えている「証拠が増えている」と、新しい報告書は述べています。
報告書は、人為的な海洋の化学的・物理的変化が、世界のあらゆる地域において、微生物から哺乳類、個体から生態系に至るまで、海洋生物の分布と存在量を変化させていることを非常に高い確信度で述べています。また、「気候変動により、海洋および沿岸の生態系は、数千年にわたって前例のない状況にさらされている」とも高い確信度で述べています。
海洋の温暖化に伴い、海洋生物種は自然の生息地から追い出され、「一般的に気候温暖化のペースと方向に沿って」います。1950年代以降、このような極域への移動は10年間で約60kmの割合で起こっていますが、報告書はこの割合には種や地域によって「かなりのばらつき」があることを指摘しています。
魚類と海洋哺乳類が海水温の上昇によって極域に押しやられているという確信度は高いが、それに対応して種の分布が海洋深部に移動しているという確信度は低いか中程度です。
また、温暖化は、植物プランクトンの開花、商業魚の産卵、海洋爬虫類の繁殖などの主要な生物学的イベントの時期にも影響を与えていると執筆者らは述べています。発表された研究の4分の3近くは、これらの変化と「一致」していますが、報告書によれば、観測の95%以上が北半球で記録されており、著しい偏りがあるとのことです。
多くの場合、温暖化は、生物が経験しているであろう他のストレス要因の影響を悪化させます。報告書では、これらを「気候による推進要因」と「非気候による推進要因」に分類しています。気候による他の要因には、海洋酸性化や貧酸素化などがあり、気候以外の要因には、汚染、乱獲、外来種、生息地の劣化などがあります。
下の図は、1925年から2016年の間に観測された海洋の変化を示しています。温暖化の速さ(上)、気候速度(地図上のある地点が現在の気候状態を維持するために必要な移動の速度と方向)(中)、海洋熱波日の総数の変化(1925-54年と1987-2016年の期間の差として計算)(下)です。色が濃いほど、プラス(赤)、マイナス(青)の影響が強いことを示しています。
報告書は、生物は気候変動と非気候要因を同時に「頻繁に経験する」と指摘している。その結果、気候変動と他の非気候要因の影響を切り離すことは困難です。
多くの海洋生態系の観測記録は短く、地理的な偏りもあり、これも原因特定の難しさの一因となっています。しかし、これらの影響を気候変動に帰するための「複数の証拠を提供する研究が増えている」と執筆者らは述べています。
報告書は、商業的に利用されている魚類と無脊椎動物の種の温暖化に対する「幅広い応答」を指摘しており、その大部分は「有害」であるとしています。しかし、漁業の乱獲も漁獲高に大きな影響を与え、これらの「複合的な影響により…気候変動に起因する部分を評価することが困難」であるとしています。
原因特定が他より明確なケースもあります。例えば、気候変動は、他の多くの種類の異常気象と同様に、海洋熱波の規模、範囲、頻度を悪化させています。
海洋熱波は、「重要な基盤種」の「大量死」につながります(確信度が高い)。ほとんどの地域」において、コンブなどの海藻類は、生息域の移動とともに、すでにそのような大量死現象を経験しています。これは、部分的には温暖化の直接的影響によるものであり、部分的には植物を食べる種の生息域の変化などの間接的影響によるものです。
報告書は、1.5℃の温暖化を超えると、これらの生態系に「不可逆的な相転移」が生じ、たとえ温暖化が1.5℃以下に抑えられたとしても、その閾値を超える「温度オーバーシュート」の時期があり、「高リスク」にさらされると警告しています。
報告書は、SSP1-1.9の下でも、マングローブと塩性湿地は将来の海面上昇から「高リスク」に陥る可能性が高く、「その影響は中期的に現れる」と、中程度の確信度で予測しています。
海洋生物多様性の4分の1を占めるサンゴ礁は、気候要因と非気候要因の両方から、様々な脅威に直面しています。熱ストレスの頻繁化と深刻化により、大量の白化現象や病気の発生が増加しています。1.5℃ を超える温暖化によって、サンゴ礁は、新しいサンゴが成長する速度よりも大きな浸食速度に達するという「脅 威」にさらされていることが、高い確信度で示されています。
海洋酸性化は、サンゴの被度と多様性を低下させています。これらの影響は、温暖化によって「悪化」する可能性があるが、これらの反応は種によって異なることを示唆する証拠もあります。ムール貝やカキなどの他の石灰化生物も、気候ストレス要因の組み合わせにより、「減少のリスクが高い」と報告書は警告しています。
温暖化、酸性化、海面上昇が続けば、たとえ今世紀末までに温暖化が2℃未満に抑えられたとしても、特定の種の地域的・世界的絶滅のリスクが高まるという確信度が中程度です。
もうひとつの主要な気候変動要因は、低酸素症、すなわち海洋の酸素濃度の低下です。低酸素症は、海水温の上昇に伴う酸素の溶解度の低下や、海洋微生物の呼吸量の増加、海洋循環の変化などによって引き起こされます。
報告書によると、低酸素地帯は世界中で規模、数ともに増加しており、「魚種の多様性や生態系機能への影響が拡大している」といっています。海洋酸素濃度の低下は、マグロなどの重要な外洋魚種にとって「適切な生息地をすでに15%減少させている」といっています。今世紀の残りの期間、地下の海洋が「歴史的に前例のない」低酸素レベルになることは、中程度の確信があります。
極地や深海のような「温度的に安定」した環境に生息する生物は、温度変化の大きい環境に生息する生物よりも「温暖化に対してより敏感であることが多い」と執筆者らは述べています。報告書は、極域の魚類、海洋哺乳類、海鳥において、温暖化が「緩やかなものも急激なものも含めた大きな群集シフト」に寄与していることを高い確信度で述べています。
また、卵や胚など特定のライフステージにある生物は、成体よりも熱に対する耐性が低いことも指摘されています。
ストレス要因に対する多くの生物の応答は、餌の有無に影響されます。したがって、報告書では、「過剰な食料の下で行われた研究は、気候による推進要因の生態学的影響を過小評価する危険性がある」としています。
下の図は、さまざまな気候変動要因がさまざまな海洋生態系に与える影響と、その変化への適応能力の概要を示しています。色は影響の強さを示し、暗い色は影響が強いことを示しています。各ボックス内の点は、確信度が低い(1点)から高い(3点)までの確信度を示しています。
進化は、気候の変化から解放されるための一つの手段となり得ます。微生物集団は、気候変動を模倣した条件に、急速なタイムスケールで適応できることが実験的に示されています。
しかし、「複雑で長命な」生物が進化し、気候変動に適応する能力に関する研究は、依然として「大きなギャップ」があると報告書は述べています。また、海鳥や哺乳類の寿命は、「急激な気候変動に対する進化のレジリエンスが限定的であることを示唆している」とも述べています。
より広く見れば、生態系モデルは、気候変動が将来もたらす可能性のある結果を理解するのに有効な方法です。しかし、報告書では、「複雑な海洋生態系の軌道を正確に予測することは期待できない」と述べています。
CMIP5とCMIP6の両方のアンサンブルは、1996年から2015年のレベルと比べて、2080年から99年までに世界の純一次生産(海洋の植物プランクトンやその他の植物によって得られた純炭素)が減少すると予測していますが、CMIP6では減少幅がかなり小さく、地域差や基礎となる要因の不確実性によりこの予測は低い確信度となっています。
また、グローバルモデルでは、SSP1-2.6では、海洋バイオマス(海洋に生息するすべての動植物の総重量)が、1995-2014年と比較して2080-99年に約-6%(±4%)減少することが予測されています。SSP5-8.5では、これは-16%(±9%)の減少に上昇します。どちらの場合も、変化の大きさと関連する不確実性の両方に「大きな地域差」があると報告書は述べています。
§ 4. 気候変動は、世界の水にどのような影響を及ぼしているのでしょうか?
報告書の第4章では、気候変動が水にどのような影響を及ぼすかを取り上げています。
現在、世界の人口のおよそ半分が、少なくとも年に1カ月は深刻な水不足に陥っていると、報告書は中程度の確信度で推定しています。
また、1970年代以降、地球上のすべての「災害事象」の44%が洪水に関連していると報告書は述べています。(IPCCは、「災害」には、人間集団の「高い脆弱性と曝露が結びついた」極端な気象現象が含まれると述べています)。
5億人近くが「不慣れな湿潤地域」(長期平均降水量が以前には6年に一度しか見られなかったような高い降水量になっている地域)に住み、1億6300万人が「不慣れな乾燥地域」に住んでいると報告書は推定しています。
豪雨の強さは1950年代以降、「多くの地域」で増しています。約7億人が最大日降水量が増加した地域に住んでいる、と報告書は推定しています。
北半球では、1年のすべての月で積雪面積が減少していると報告されています。北半球の積雪面積は、1950年代から1970年代にかけてピークに達し、それ以降は減少傾向にあると報告されています。
過去20年間、氷河(高緯度にある凍った淡水の川)から失われた氷は、毎年、水当量にして0.5メートルを超えている。(水当量とは、氷が溶けてできる水の体積を表します)。これは記録が始まって以来、最も高い値です。
下の地図は、2000年から2019年までの世界各地の氷河の変化を示したものです。
図では、氷河の標高の変化(緑の棒グラフ、単位:メートル/年)、夏の融解と冬の回復を考慮した氷河の総量の指標である「マスバランス」(青の棒グラフ、単位:水換算メートル/年)、質量変化(単位:10億トン/年)が示されています。
図から、氷河の質量変化速度は、アメリカ・カナダ西部、アイスランド、スバールバル諸島(ノルウェー本土と北極の間に位置する群島)で最も高くなっていることがわかります。
氷河の融解は、「脆弱な高山や極地のコミュニティ」を含む「人間と生態系」に影響を及ぼしている、と報告書は述べています。
また、カナダ北極圏における氷の状態の変化が、イヌイット・コミュニティのトレイルへのアクセスに影響を及ぼしているという調査結果を引用しています。また、氷の融解がアラスカ先住民の文化的に重要な種へのアクセスに影響を及ぼしているという米国連邦政府の報告書も引用しています。
報告書はまた、氷河に関連した洪水やアイスジャム洪水など、氷に関連した洪水が進行中の気候変動にどのように対応しているかについて「知識のギャップ」があるとしています。
北半球高緯度地域の河川では、流量の増加という「明確な傾向」があり、報告書は高い確信度を示しているといっています。
一方、何十億人もの人々が水源として頼る地下水の貯留量の変化は、調査結果によれば、それほど単純なものではないといいます。
例えば、21世紀に入ってから、世界の多くの地域で地下水の貯水量が減少していますが、これは主に農作物の灌漑用水に対する需要の増大が原因であると報告書は述べています。
また、高地では、温暖化によって地下水位が変化し、春期の涵養量減少に一役買っている可能性があるとしています。
報告書によると、人為的な気候変動が20世紀における世界の土壌水分のパターンに影響を与えた可能性が非常に高く、農業、生態系、異常気象の深刻さに影響を及ぼしているとしています。
また、人為的な気候変動は、洪水や干ばつをより発生しやすく、より深刻なものにしています。
1970年から2019年にかけて、「災害事象」全体の7%が干ばつ関連でした。しかし、災害による死者の34%を占める干ばつ災害は、特にアフリカで多く発生しています。
一方、気候変動によって起こりやすくなった激しい雨は、2014年以降、西ヨーロッパ、中国、日本、米国、ペルー、ブラジルなどの地域で壊滅的な洪水を引き起こしています。
こうした水に関するハザードの変化は、「あらゆる場所で、貧困層、女性、子ども、先住民、高齢者といった脆弱な人々に不釣り合いに大きな影響を与える」と、報告書は警告しています。
水循環の変化は農業に影響を及ぼしていると報告書は説明しています。1983年から2009年の間に、世界の収穫面積の約4分の3が干ばつによる収量損失を経験し、推定1660億米ドルの損失を被ったと報告書は述べています。
将来的には、「水に関するリスクは、地球温暖化が進むごとに増加すると予測される」と報告書は述べています。
2℃の温暖化では、30億人が水不足に直面する可能性があると、報告書は中程度の確信度で述べています。4℃では、この数字は40億人に上昇します。
温室効果ガス排出量が2060年までピークに達しないシナリオ(「RCP6.0」)では、淡水を山からの流出に「決定的に依存している」およそ15億人が、悪影響に直面する可能性があります。
また、わずかな気温上昇でも、干ばつや洪水のリスクは悪化すると報告書は述べています。
RCP6.0とSSP2の下では、「極端から例外的」な干ばつにさらされる世界の人口は、21世紀中に3%から8%に増加する可能性があります。
北南米、地中海、ユーラシア大陸の広い地域で発生する極端な農業干ばつの発生可能性は、現在の状況と比較すると、1.5℃では2倍、2℃では150〜200%増、4Cでは200%以上増になると予測されます。
気温と水の変化による農業収量へのリスクは、2℃よりも3℃の方が3倍高くなる可能性があると、報告書は中程度の確信度で述べています。
予測される降雨強度の増加は、より多くの洪水を引き起こすと報告書は述べています。
温暖化が1.5℃ではなく4℃に達した場合、直接的な洪水被害は4〜5倍になる可能性があると報告書は述べています。さらに、温暖化が1.5℃ではなく2℃に達した場合、洪水に関連するGDP損失は1.2〜1.8倍になる可能性があると、執筆者らは確信度を中程度として述べています。
下の地図は、低(SSP1-2.6)、中(SSP2-4.5)、高(SSP5-8.5)シナリオのもと、2080年代までに世界の河川洪水の変化を予測したものである。図中、青は洪水の頻度が増加することを、赤は減少することを示す。点は、気候モデル間の一致度が高いことを示している。
4℃の温暖化では、21億人を支える世界の陸地面積の約10%が異常流量の増加に直面する可能性があると報告書は述べています。
一方、地中海を含むヨーロッパの一部の地域では、水力発電の潜在能力が、2℃では10%、1.5℃では5%であるのに対し、3℃では40%減少する可能性があると、報告書は付け加えています。
§ 5. 食料と農業への影響について、報告書はどのように述べているのでしょうか?
気候変動は、人類の栄養とカロリーのニーズを満たすための「努力をますます妨げている」と、新しい報告書は述べています。
干ばつ、洪水、海洋熱波などの極端な天候を含む気候変動の影響は、農業、水産養殖、林業、漁業に負担をかけています。また、生産から消費に至るサプライチェーンの各段階(貯蔵や輸送を含む)でも、気候変動の影響を受けることになります。
報告書は、異常気象による「突発的な食料生産損失」が「少なくとも20世紀半ば以降」ますます頻繁になっていることを中程度の証拠としながらも、高い見解の一致と評価しています。
異常気象によって、現在の食料生産地域の一部が「生産に安全な気候的空間を超える」ことになるという確信度が高い。排出量が非常に高いシナリオSSP5-8.5では、今世紀末までに「現在適した地域」の約3分の1が不適になると予測されています。報告書は、これらの影響は「RCP2.6でははるかに少なくなる」と指摘しています。
CMIP6モデル群と最新世代の作物モデル(作物が環境条件の変化にどう反応するかをシミュレートする)は、気候変動が主要作物の収量に「以前の予想より早く」影響を及ぼすと予測
しています。これは、「より温暖な気候予測と作物モデルの感受性の向上」の両方が原因であるとされています。
今世紀末までに気温が2℃上昇すると、世界中の食料生産システムに「大きな負の影響」が生じると報告されており、さらに気温が上昇すると「さらに大きなリスク」が生じるとしています。現在、作物の栽培や家畜の飼育に使われている土地は「ますます気候的に適さなくなる」だろうし、屋外で働く人や動物は危険な熱ストレスに「ますますさらされる」だろう。
農作物は、いくつかの点で気候変動の悪影響を受けます。報告書に引用されているある研究では、1850年から2010年の間に、4つの主要作物において、CO2施肥の「プラス効果」を考慮しても、ほぼ10%の収量減少があったと推計しています。
下の図は、5つの気候変動の影響(土壌養分の変化、病害虫の増加、降雨量の減少、オゾンストレスの増加、熱ストレスの増加)が、世界中の大豆(左)と小麦(右)の収量にどのような影響を及ぼすかを示しています。濃淡は、ある影響によるストレスのレベルを示し、色が濃いほどストレスのレベルが高いことを意味します。
気候変動がもたらす収量減少の脅威に加え、CO2レベルの上昇は、幅広い種類の植物において、タンパク質、鉄、亜鉛を含む重要な栄養素を「程度の差こそあれ」減少させることが示されている、と報告書は述べています。CO2レベルの継続的な上昇は、作物によって「幅広い種類のミネラルと栄養素において」5〜10%の減少を引き起こすと予測されています。
気候が農業に与える具体的な影響は、作物や地域によって異なります。東アジアと北ヨーロッパでは、気候変動は今のところ小麦の収量を増加させていると報告書は指摘しています。一方、サハラ以南のアフリカ、南米、カリブ海諸国、南アジア、西ヨーロッパと南ヨーロッパでは、その影響は作物の収量と品質に対して「ほとんどマイナス」であるといっています。
気候変動が作物に及ぼす影響に関する研究のほとんどは、トウモロコシ、コメ、小麦などの主食作物に焦点を当てているが、「新たな」研究が他の作物の収量に焦点を当て始めている、と報告書は述べています。
下の図は、気候変動が特定の種類の作物に及ぼすさまざまな影響をまとめたものです。プラス記号は生産性にプラスの影響を、マイナス記号はマイナスの影響を、丸印は文献に記録されている影響が混在していることを示しています。濃淡は原因特定の確信度を示し、色が濃いほど確信度が高いことを示しています。
害虫、病原菌、雑草、病害媒介動物の繁殖率と分布の変化が、将来の気候変動下で作物と家畜の両方へのストレスを増大させるという証拠は中程度であるが、高い見解の一致が見られます。1960年以来、多くの主要な作物害虫と病原菌が、年平均2.7kmの割合で「著しい極方向への拡大」を示しているが、害虫ごとに気候要因への応答は異なります。
これらは「深刻な懸念」であるが、複数の種間の相互作用が複雑であるため、「十分に研究されていない」と報告書は述べています。その結果、「将来の作物生産と食料安全保障に及ぼす影響を予測することは困難である」と述べています。害虫や病原菌は収量を減らすだけでなく、収穫後の食品ロスを増加させる可能性があります。
気候変動が、熱ストレスによる死亡率の増加といった「直接的影響」と、放牧に使われる草地の質の低下といった「間接的影響」の両方を通じて、すでに家畜生産に影響を与えていることは、確信度が高い。
干ばつ、気温の上昇、その他の要因によって、「牛群の移動性が低下し、生産性が低下し、媒介する病気や寄生虫の発生率が高まり、水や飼料へのアクセスが減少する」と報告書は述べています。
動物の温度的な「快適領域」から気温が1℃上昇するごとに、動物の消費する餌は3〜5%減少し、生産性と繁殖力の両方が低下します。また、気温が高くなると、免疫系が抑制されるため、「病気にかかりやすくなります」。
2050年までに2℃の温暖化が起こると、「家畜の数が世界的に7~10%減少すると予測される」と報告書は述べていますが、放牧地の将来の生産性と構成については、依然として不確実性が残っています。
報告書は、気候変動の影響が水産物の利用可能性と質にも「著しい変化をもたらす」と高い確信度をもって述べています。
温暖化、海洋酸性化、酸素濃度の低下はすべて主要な漁業および水産養殖種に悪影響を及ぼすと報告書は述べており、内陸および沿岸の水系はさらに海面上昇の影響を受けるだろうとしています。(「3.地球温暖化は海洋生物にどのような影響を与えるのか」参照)。
報告書に引用されているある研究によると、1930年から2010年の間に世界的に海洋温暖化が原因で「いくつかの海洋魚の個体群の最大持続可能収穫量」が4%減少し、一部の地域ではそれ以上の減少が見られるといわれています。
気候変動が漁業に与える影響は、漁獲量の大幅な減少により「熱帯地域で特に大きくなる」と報告書は述べています。こうした変化は「人間の栄養に重大な影響を与える可能性があります」。特に、栄養面での代替手段が少ない低所得国において顕著です。
報告書は、気候変動が水の利用可能性に及ぼす影響が「新たな問題」であるとし、「灌漑用水へのアクセス制限と組み合わさった干ばつの発生の増加が、すでに農業の主要な制約となっている」と指摘しています。干ばつによる農作物の損失は「近年増加しており」、「世界の収穫面積の約75%」が影響を受けていると報告書は述べています。
また、報告書は、干ばつやその他の異常気象が世界の複数の地域の作物生産に影響を与える「複数穀倉地帯での不作」のリスクについても警告しています。AR5が作成された当時、これらのリスクは「定量化されていませんでした」。
「気候変動が進行する中で、同時多発的な作物の不作が増加している」という証拠は限定的であるが、これらのリスクが増加するのは中程度の確信度があります。
ジェンダー、社会経済的地位、民族性などの「社会的不平等」は、生産者と消費者の両方にとって、気候変動の影響に対する「脆弱性を増大させる可能性がある」と、報告書は述べています。また、女性は男性よりも気候変動に関連した食料不安に対して「より脆弱」であり、先住民の家畜飼育者は「歴史的な土地収用、差別、植民地化」によって、非先住民よりも高いリスクにさらされていることを指摘しています。
報告書によると、気候変動はすでに「食料安全保障のあらゆる次元」、すなわち入手可能性、アクセス、利用(食料の品質と安全性)、安定性に影響を及ぼしているという。その結果、「飢餓、栄養失調、食事に起因する死亡」の危険にさらされている人々の数が将来的に増加することは確信度が高い。
これらの予測は、「気候変動のない世界と比較して」として、SSP1-6.0では800万人増、SSP3-6.0では8,000万人増と幅があります。このリスクのある人口の80%近くがアフリカとアジアで発生すると予測されています。
報告書は、「現在実現可能で、気候変動の影響を軽減するのに有効な様々な適応策」があることを高い確信度をもって指摘しています。その中には、持続可能な資源管理、先住民や地域の知識を取り入れること、作物や種の多様化などが含まれます。しかし、これらのオプションを実行するには多くの財政的な障壁があり、そのためには「膨大な量の公共および民間投資が必要」です。
§ 6. 気候変動は世界の都市にどのようなリスクをもたらすのでしょうか?
都市部には世界人口の半分以上が居住しており、その人口は増加の一途をたどっています。2015年から20年の間に、都市部の人口は3億9700万人以上増加し、その90%以上が「後発地域」に集中していることが報告書から判明しています。
報告書では、2050年までにさらに25億人が都市部で生活することになると予測しています。この増加の約90%はアジアとアフリカで、インド、中国、ナイジェリアだけでその35%を占めると予測しています。
AR5報告書以降、「無計画で非公式な」都市が、特にアジアとアフリカで急速に拡大しました。AR6報告書によると、2018年にはサハラ以南のアフリカの都市人口の半分以上、南アジアの都市人口のおよそ3分の1が国や自治体に認められていない非公式な住宅に住んでいるとのことです。
さらに、都市は、その位置、人口密度、建物やインフラの集中などの複合的な要因によって、熱波や洪水などの極端な気候変動のホットスポットとなることが多いと説明しています。
例えば、今後数十年の間に熱波にさらされる人口のほとんどは都市部に住むことになるといわれています。これは、都市のヒートアイランド現象が地域の温暖化に2℃の影響を与えることが主な理由です。中緯度の都市は特に気温上昇のリスクにさらされており、「2050年までにすべてのRCPシナリオのもとで、農村部と比較して2倍のレベルの熱ストレスにさらされる」可能性があります。報告書はこう付け加えています。
「”RCPによっては、2100年までに人口の半分(RCP2.6)から4分の3(RCP8.5)が、猛暑と湿度の影響から生じる生命を脅かす気候条件にさらされる可能性がある。”」
当然のことながら、ヒートアイランドへの曝露は不均一であり、低所得者層、子供、高齢者、障害者、少数民族がより曝露されやすいとされています。例えば、報告書では、「貧困層が住む住宅では、屋内の気温が外気温より4℃から5℃も高く変動している」という南アフリカの調査結果が紹介されています。
下図は、a) 現在、b) 2050年、c) 2100年について、猛暑による高体温症(体温が異常に高くなること)にさらされる世界人口の分布を示したものです。RCPシナリオの範囲内での将来予測を示しています。赤の網掛けは最も高い曝露を、黄色は最も低い曝露を示しています。人口規模上位15都市は、地図上に名前が記載されています。
また、都市の拡大と降雨パターンの変化により、2050年までに世界の「主要都市」の3分の1近くが現在の水資源を使い果たす可能性があることを強調しています。
一方、洪水は、人やインフラが密集し、雨水が地面に染み込みにくい「不浸透性表面」の面積が大きい都市にとって、重要な問題であることもわかっています。また、多くの都市が海の近くに位置し、沿岸洪水のリスクを高めていることも指摘されています。
「”世界の人口、経済活動、重要インフラの多くが海の近くに集中しており(確信度が高い)、世界人口の11%近く、すなわち8億9600万人がすでに相互に作用する気候および非気候の沿岸ハザードに直接曝される低平地の海岸に住んでいます。”」
報告書は、気候変動が海面上昇を引き起こし、熱帯低気圧による高潮の深刻さと頻度を高め、より高いレベルの沿岸洪水の危険性を促進すると高い確信度で示しています。
2050年までに、低地の都市や居住地に位置する10億人以上の人々が「沿岸特有の気候ハザード」のリスクにさらされるだろうと、報告書は高い確信度をもって述べています。ただし、その被害額は将来の温暖化レベルや社会経済シナリオに左右されると指摘しています。
2100年までに7〜1400億ドルの沿岸インフラ資産が危険に晒され、交通、住宅、発電、「情報技術」などのセクターに影響を及ぼすといわれています。
例えば、温暖化が工業化以前の気温から2℃に抑えられるとしても、高潮による洪水の危険にさらされる空港の数は269から338に増加する可能性があると報告書は指摘しています。さらに、影響を受ける空港は不相応に過密な路線を抱えており繁忙であり、現在、世界の旅客路線の最大20%を占めていると付け加えています。
また、人口増加も洪水リスク増大の主要因となります。報告書では、「経済開発が沿岸部の都市や集落周辺に不均衡に集中している」ことがほぼ確実とされているからです。
例えば、ある予測によると、2015年から50年の間に都市部の土地は0.6~1.3百万km2拡大するといわれています。気候変動の影響を考慮しなくても、これは洪水や干ばつにさらされる都市の土地が2000年から2030年の間に2.5倍以上増加することを意味します。
下図は、100年に一度の沿岸洪水による人、土地、インフラへのリスクを示しています。黄色は海面上昇なし、紫は2020年と比較してさらに2メートルの海面上昇があることを示しています。
円の大きさは、その影響の大きさを示しています。各円の左上の四分円は影響を受ける人の数、右上は飛行不能になる便数、左下は影響を受ける海岸線のキロメートル、右下は海面上昇が湿地にプラスの影響を与えるかマイナスの影響を与えるかを示しています。
アフリカ、東南アジア、小さな島々で人口が急増している沿岸地域が、21世紀には特に洪水の危険にさらされるという中程度の証拠があります。
都市が気候変動の影響に対して特に脆弱である理由を説明したFAQでは、富裕層と貧困層のコミュニティの格差を拡大させる、ガバナンスの失敗も指摘しています。
「”人口動態の変化、社会的・経済的圧力、不平等と疎外を助長するガバナンスの失敗により、町や都市に住む人々の数が増え、洪水、極端な気温差、水や食料の不安にさらされていることを意味します。これは適応の格差につながり、裕福な地域は脆弱性を軽減する戦略をとる余裕がある一方で、貧しい地域は同じことをすることができないのです。”」
「”気候変動がなくてもこのような状況は起こり得ますが、気候変動は天候の変動性と極端性を増大させ、より多くの人々や企業、建物を洪水やその他の出来事にさらすことになります。脆弱性の上昇と曝露の増大の組み合わせは、世界中の都市で気候変動のリスクにさらされる人や財産の増加につながっています。”」
報告書は、都市における大気汚染の問題についても言及しています。現在、世界人口の95%が、大気中に浮遊する微小粒子状物質(PM2.5)が世界保健機関のガイドラインを超える地域に住んでいると指摘しています。
同文書では、「社会が豊かになり、大気汚染防止への投資意欲が高まる」ことで、将来の大気汚染物質の排出量は2050年までにほぼ減少するとしています。しかし、こうも付け加えています。
「”東アジアと南アジアの都市は現在、人為的な大気汚染に大きくさらされているが、人口とエネルギー需要の増加、都市化の進展、排出規制が比較的弱いことから、2050年までにアフリカの都市が最も汚染された都市として台頭してくる可能性があります。”」
§ 7. 報告書は、公衆衛生、紛争、移民についてどのように述べているのでしょうか?
SPMは、気候変動が世界中の人々の身体的健康や評価対象地域の人々のメンタルヘルスに悪影響を及ぼしていることを、非常に高い確信度をもって述べています。
気候変動が人間の健康に与える影響として、より明白なものの一つが猛暑です。猛暑は、重度の脱水症状、内臓不全、心血管疾患、さらには死亡につながると、報告書は述べています。
しかし、報告書は、熱ストレスの影響が世界中に等しく広がっているわけではないことを強調しています。インドの一部、ペルシャ湾、カリフォルニア湾、メキシコ湾南部など、一部の地域は特に大きな打撃を受けており、「すでに労働生産性と人間の生存能力の上限に近づく熱ストレス状況を経験している」といわれています。
2014年のAR5以降、気候変動がメンタルヘルスに及ぼす有害な影響について、より多くの証拠も出てきているといわれています。報告書によると、暑さは「気候変動のうち、ウェルビーイングを低下させることが最もよく研究されている側面の一つ」であるとのことです。気温の上昇は、気分障害や行動障害による入院の増加、「不安、うつ、急性ストレスの経験」、自殺率の上昇と関連があるとしています。
報告書は、熱波、山火事、洪水、干ばつなどの異常気象がすでに頻度と強度を増しており、死亡率上昇の原因になっていることを強調しています。1998年から2017年の間に、世界全体で起こった11,500件の異常気象による死者は526,000人に上るといわれています。
また、異常気象後のインフラや基本的なサービスの混乱は、被災したコミュニティに大きな損害を与える可能性があります。この混乱は、「家庭内暴力、ハラスメント、性的暴力、人身売買のリスクの増加」など、女性や少女、社会的弱者に対する暴力の増加と関連していることが多いのです。
また、洪水、熱波、山火事などの異常気象は、心的外傷後ストレス障害、不安、うつ病を引き起こす可能性があることも調査でわかっています。さらに、「サハラ以南のアフリカの子どもや若者、特に女児は、メンタルヘルスとウェルビーイングに対する直接的・間接的なマイナスの影響に対して極めて脆弱である」とも付け加えています。
また、気候はさまざまな病気の蔓延の原因にもなっていると執筆者は述べています。例えば、気温の上昇に伴い蚊の生息域が拡大し、デング熱やマラリアなど蚊が媒介する病気が新たな地域で蔓延することを可能にしています。
下の地図は、2100年までに気温が2℃程度上昇するシナリオ(上:RCP2.6)と、排出量が非常に多いシナリオ(下:RCP8.5)のもと、デング熱やジカ熱、黄熱病を広げる可能性のある蚊、ネッタイシマカの潜在生息数が2090年から99年にかけて変化すると予測したものです。
この報告書では、気候変動により、すべての大陸でデング熱のリスクが高まると予測しています。2015年と比較して、中位温暖化シナリオ(「RCP4.5/SSP1」と記述)では2080年までにさらに10億人、高位温暖化シナリオ(「RCP8.5/SSP3」)では50億人がデング熱にかかるリスクがあると予測される、と報告書は述べています。
温暖化に豪雨や洪水の増加が加わり、すでにコレラなどの下痢性疾患の発生が増加していることが報告書から判明しています。一方、アフリカでは今後数十年の間に、気温の上昇と干ばつにより、水系伝染病の発生率が増加すると予想されています。
報告書では、2050年までに「気候変動の影響を受けやすい病気や状態」による死亡のうち毎年25万人が気候変化に原因づけられるようになる予測しています(1961年から91年の平均値と比較、中位排出シナリオの場合)。
超過死亡は、アジアと高所得国での熱中症、アフリカとアジアでの小児栄養不良と下痢性疾患、アフリカでのマラリアが主なものになるとしています。全体として、超過死亡の半分以上はアフリカで見られるといいます。
下図は、1961年から90年のベースラインと比較して、2030年と2050年に気候変動に起因するデング熱、下痢性疾患、マラリア、暑さ、栄養不良による年間死亡者数が増加すると予測したものです。
各地域について、2 本の棒グラフは、2030 年(左)および 2050 年(右)における、デング熱(紺)、下痢症(オレンジ)、マラリア(水色)、暑さ(赤)および栄養不良’(緑)に起因する追加死亡者数を示しています。2030年と2050年の各大陸の総死亡者数を黒丸と白丸で示しています。
報告書は、Covid-19が「気候リスクを悪化させた」とも述べています。例えば、異常気象が発生したとき、ソーシャルディスタンスのルールが仮設避難所の能力を低下させました。このパンデミックは、「リスク、脆弱性、緊急事態への対応が相互に関連し合い、複合的な性質を持つ」ことを示している、と報告書は述べています。
一方、「気候ハザードは非自発的な移住や移動の原因となりつつあり、暴力的な紛争の一因となっている」という確信度も高い、と執筆者らは述べています。異常気象は、サイクロンによる家屋の倒壊という直接的な要因と、干ばつによる長期的な損失という間接的な要因の2つの側面から、移住を促すをと報告書は述べています。
報告書によると、気候変動に関連した移住のほとんどは国境内で発生しており、2008年以降、年間平均2000万人が天候に関連した異常気象によって国内避難を余儀なくされているといいます。また、暴風雨と洪水が最も一般的な移住の要因としてランク付けされています。
下図は、2010年から20年にかけて、異常気象によって毎年避難している人々の数を大陸別にまとめたものです。
南アジア、東アジア、東南アジアでは、年間避難者数が最も多く、主に熱帯低気圧や「異常気象」によるもので、サハラ以南のアフリカがそれに続くと報告されています。また、カリブ海と南太平洋の小島嶼国は、その人口の少なさに比べて不相応に大きな影響を受けていることが強調されています。
さらに、難民や国内避難民の居住地は、「サヘル地域、中近東、中央アジア」など、平均より高い温暖化レベルや極端な気温や干ばつなどの特定の気候ハザードにさらされる地域に偏って集中していることも指摘しています。
地球が温暖化するにつれて、移住が増加する可能性が高いと報告書は指摘しています。例えば、温暖化が1℃進むごとに、洪水による非自発的移住のリスクは世界全体で50%増加します。
今世紀後半には、現在の排出経路では、海面上昇、洪水、熱帯低気圧、干ばつ、猛暑、山火事などのハザードのために、何億人もの人々が移住のリスクにさらされるだろうと、報告書は述べています。しかし、その数は社会経済的条件に強く依存すると付け加えています。
例えば、ラテンアメリカ、サハラ以南のアフリカ、南アジアにおける2050年までの移住者は、将来の排出量と社会経済発展の軌道によって、3100万〜1億4300万人の間で変動する可能性があるとしています。
地理的な不平等に加えて、報告書は移住におけるジェンダーの不平等を強調しています。
「”女性は、介護の責任、家計資源の管理不足、服装に関する文化的規範などの理由から、異常気象の悪影響に不当に苦しめられる傾向があります”。」
気候変動は、水の利用可能性を低下させることも予想されます。水不足と紛争を結びつける既存の文献は限られていますが、報告書によると、水の利用可能性の制限が「緊張を悪化させる」可能性があることを「大多数が認めている」のだそうです。例えば、シリアでは、干ばつが既存の水と農業の不安を悪化させましたが、報告書では、「干ばつがシリアの内乱を引き起こしたかどうかは、依然として大きく議論されている」と述べています。
報告書は、2℃の温暖化によって、食料と水の安全保障が低下し、生活や生計が途絶えるため、「紛争リスク」の発生確率が13%上昇するという分析を引用しています。この不安定さは、地域によっては「内乱」につながり、女性や少女、脆弱なグループに対する暴力の増加につながることが多いと、報告書は警告しています。
報告書は、「気候に関連した移住の結果は多様である」と結論づけ、将来の移住と移動のパターンは、「気候変動の物理的影響だけでなく、あらゆる規模のガバナンスにおける将来の政策と計画」によって決まるだろうと付け加えています。
§ 8. 気候変動は、貧困や持続可能な開発目標に向けた進捗にどのような影響を与えるのでしょうか?
報告書の第8章は、気候変動の社会的影響と、最も脆弱な人々に対する「不可逆的な結果」を扱っています。
この章では、貧困、生活、人々の脆弱性というレンズを通して影響を評価し、「なぜ気候現象が突然の災害やゆっくりと発生する災害を引き起こすのか、また、最も深刻で急性かつ慢性的な影響が、いかに人間の苦しみを引き起こし、深めるのか」を理解することを目指しています。
報告書では、脆弱性を「悪影響を受ける傾向や素因」と定義し、気候関連ハザードに対する「感受性や被害への受け止めやすさ、対処・適応能力の欠如など、様々な概念や要素を包含している」と述べています。
執筆者らは、歴史的な不平等が重要な役割を果たしていることに高い確信度をもって言及しています。
「”脆弱性は、貧困、移民、不平等、基本的なサービスへのアクセス、教育、制度、統治能力に関する多くの連動した問題の結果であり、植民地主義の歴史など、過去の発展によってより複雑になっていることが多い。”」
報告書によると、世界の貧困層とその生活は、資産が少なく、資金、技術、政治的影響力へのアクセスが限られているため、気候変動に対して特に脆弱であるとしています。これらの課題は、彼らが適応するための資源が少ないことを意味します。
気候変動の影響は、不利な立場にある人々に不当に影響を与え、その結果、「彼らの対処・回復能力を低下させる」ことから、不平等を悪化させる傾向があると述べています。
貧困層に不当な影響を与える主な要因の1つは農業収入の損失であり、2つ目は「貧困層が依存する主要な資源」である健康へのハザードの影響であると、報告書は高い確信度をもって述べています。
下図は、23の気候ハザードが、世界の貧困層が最も依存している9つの主要な生活資源に与える影響を示しています。各影響のカテゴリーには、報告書で評価された証拠の重みに基づいて、確信度の高い(赤の網掛け)、中程度の(オレンジ)、低い(緑)の表現が割り当てられています。
さらに、「差別、性別、所得格差、資源へのアクセス不足による不利益」に直面しているグループは、気候変動の悪影響に対する準備、対応、対処、回復のための資源が少なく、「したがって、より脆弱である」可能性があります。このような脆弱性は、気候変動の影響により、下図のように「悪循環」に陥り、さらに増大する可能性があります。
この報告書は、連続して起こる気候事象に見舞われた低所得者層が、回復のための時間なしに「極度の貧困化」に陥るリスクが高まることを示す新たな証拠を取り上げています。「貧困層にとっての主要なリスク」は、土地や住宅といった「特定の生活資産に対する悪影響」であり、都市部や農村部の土地を持たない貧困層は、災害後にそれらを再建するのに苦労しています。
気候変動の影響が貧困の再発を促し、貧困層を持続的な極貧の罠に追い込むという証拠も存在します。特に、賃金が低迷し、食費や医療費などの生活コストが上昇し、移動が制限され、民族的・社会的差別や紛争に直面した場合、その傾向が顕著になります。
中位の温暖化シナリオの下でさえ、貧困に対する気候リスクは「脆弱性が高く、適応が低ければ深刻になる」ことを示唆する高い見解の一致や十分な証拠が存在します。
本章では、多次元的な貧困と人間の脆弱性がどのように測定されるかについて、最新の文献を評価し、異なる指標が「世界の脆弱性ホットスポット」をどのようにランク付けしているかを検証しています。
報告書は、過去10年間の洪水、干ばつ、暴風雨による平均死亡率が、モザンビーク、ソマリア、ナイジェリア、アフガニスタン、ハイチを含む「非常に脆弱な」地域や国において、英国、オーストラリア、カナダ、スウェーデンなど脆弱性の尺度が「非常に低い」地域や国にくらべて15倍も高いことを高い確信度で述べています。報告書が評価した研究によると、「非常に脆弱な」地域や国では、脆弱性が非常に低い国に比べて、気候ハザード事象によって11倍以上の人々が悪影響を受けるといいます。
IPCCが評価した生活への影響に関する証拠の3分の1は、インド、ネパール、バングラデシュのわずか3カ国から得られており、「南アジアにおける生活への影響に関する経験の蓄積を示すもの」になります。中央アジアやカリブ海諸国から評価された文献では、影響に関する証拠はより限られていましたが、その重みは「依然として強固」であると執筆者らは指摘しています。先進工業国の中では、「米国において気候変動が生活資源に影響を与えたという確信度が最も高い」。
追加評価によると、約36億人が低・中所得国に住んでおり、「これらの国は最も脆弱で、異常気象や気候ハザードの人的コストを不当に(中略)負担している」。
報告書は、世界で最も脆弱な地域は、東、中央、西アフリカ、南アジア、ミクロネシアとメラネシア、中央アメリカであると高い確信度をもって述べています。また、非常に脆弱または脆弱性が大きいと分類される国には16億から33億人が住んでおり、最も脆弱と分類される地域には8億から20億人が住んでいると推定しています。執筆者らはこう付け加えます。
「”最近の研究では、最も大きな脆弱性に分類されるすべての国の総人口が大幅に増加すると予測されている。”」
すべての気候ハザードの中で、温暖化傾向と干ばつは、人間と作物の健康に「特に有害」であることから、「最も広範な生活資源に最大のリスクをもたらす」と報告書は言っており、したがって、長期的な生活の安全性とウェルビーイングに影響を与えるとしています。
家屋や収入など、主に「私的な生活資源」に影響を与える他のハザードとは異なり、干ばつや温暖化は「放牧地、漁場、森林などの共有資源にも影響を与える」ことを高い確信度で指摘しています。複数のハザードは、先住民族が食料安全保障のために依存し、「長期にわたって持続的に管理されてきた」これらの生態系を「弱体化させる」といいます。
評価した研究のひとつによると、92の発展途上国において、最貧困層の40%の人々が気候ハザードによる損失を経験し、その損失は平均的な富を持つ人々の損失より70%大きいことがわかりました。
2030年までに、極度の貧困状態にある人々の数は1億2200万人増加すると推定しています。
もし「高排出量シナリオ」で温暖化が続けば、損失や損害は最も貧しい脆弱な人々に集中する可能性が高い、と執筆者らは述べています。このことは、最貧困層の間で、農業から都市や他の労働形態への移行をさらに急速に進める「経済的移行を強いる」可能性が高いことを示します。
執筆者らは、気候変動と脆弱性が共に「国連の持続可能な開発目標(SDGs)の達成を脅かす」、特に貧困ゼロ(SDG1)、飢餓ゼロ(SDG2)、ジェンダー平等(SDG5)、不平等削減(SDG10)といった目標への進捗を脅かすであろうことを中程度の確信度を持って指摘しています。
例えば、報告書は、気候災害後に親密なパートナーからの暴力のリスクが増加することを示したインドの2021年の研究をレビューしています。この研究執筆者は、「気候変動に脆弱な社会は、自然ハザードによって引き起こされた災害と、同時に起こりうる社会的災害に備える必要があるかもしれない」と指摘しています。
報告書は、このような貧困、不平等、脆弱性の交錯する影響に注意を喚起するため、いくつかの事例を挙げ、現在および将来の気候変動に対する適応戦略を設計するための教訓としています。
Box 8.5では、南アフリカの西ケープ地方における2018年の干ばつについて、干ばつの初期段階での「コミュニケーション不足」と行政への「信頼不足」が重なり、ケープタウンで水がなくなる「ゼロ日」の脅威に「パニックに近い」状態になった事例が挙げられています。
報告書は、「普通のコミュニティ」が「前例のないほどのレジリエンス(社会経済全般にわたる行動や態度の変化、技術革新など)」を発揮する一方で、「エリートによる『入口で対象を絞る適応』」は、水へのアクセスにおける不平等をさらに助長するものでしかなかったと指摘しています。
このケーススタディでは、アフリカの都市は、 発生が遅いショックに対する計画を立て、公平性と持続可能性を災害対策に組み込む必要があること、また、水道料金のモデルが「都市の貧困層を優先する」 ために十分に柔軟で、「既存の不平等を深める」 ことがないようにしなければならないことを 述べています。
報告書はまた、「Box 8.8」を使って、2009年のサイクロン 「アイラ」がバングラデシュの異なる所得層に与えた影響と、人々が採用した対処の仕組みと適応策を検証しています。
回復不能な損失や被害による移住、インフラの変化、代替生計の追求は、コミュニティや家庭の行動が、降雨量の季節的変化などの「典型的な課題」にしか対処できないことを示している、と執筆者らは述べています。しかし、長期的な影響を及ぼす極端な事象に対処することは難しく、被災したコミュニティによる「自律的」(自発的、無計画的)な適応には限界があることを示しています。
「共通に有しているが差異のある責任及び各国の能力」(CBDR-RC)の原則は、気候正義と密接に関連し、各国の異なる開発状況を認識しています。
本報告書は、パリ協定後の体制で発表された文献をレビューし、適応条項においてCBDR-RCがどの程度効果的かつ適切に捉えられているかを検証しており、パリ協定の第 7 条にある適応条項だけでなく、CBDR-RC を「運用」するための資金規定についても分析を行っています。
また、最も脆弱な国が優先されているか、「適応は緩和と同等の立場に置かれている」のか、あるいは、世界が適応ニーズの量的目標を必要とするならパリ協定以来ほとんど進展していないのではないか、といった疑問に関する文献の相違を指摘しています。
執筆者らは、報告書の他の箇所で、緩和資金を支持する「大きな不均衡が続いてきた」ことを指摘し、適応は、追跡された気候変動資金のわずか5%、「約300億ドル(緩和のための532億ドルと比較して)」しか受け取っていないと述べています。
また、多国間および二国間ドナーは、適応プロジェクトのために非常に脆弱な国を優先的に選ぶことができないことが多く、外国の資金は「最近発展した行政の伝統に対応できない」ため、ドナー主導のガバナンスモデルが「支配的」になっていると指摘しています。
報告書が引用した2017年の調査では、2003年から2016年の間に、国際的、地域的、国家的な気候変動対策基金から約束された気候変動資金のうち、途上国の地元に焦点を当てたプロジェクトに使われたのは10%以下だったと推定されています。また、受託者およびガバナンスの課題を踏まえ、最も影響を受けるグループが十分な気候変動への耐性を構築する方法を「再考する必要がある」と提言しています。
報告書は、ブルキナファソ、マリ、ザンビアを、「気候変動に最も脆弱」であるだけでなく、「その影響に適応するために必要な資金を動員する能力が最も低い」途上国として挙げています。マリは、1982-84年の干ばつの影響をいまだに引きずっており、気候変動が、異常気象が去った後も、生活や食料安全保障に持続的な影響を与えうることを示している、と別の箇所で指摘しています。
執筆者らは、「社会の最貧困層は、気候変動支援にアクセスできないことが多く」、特に女性と少女が不当にその機会を失すると高い確信度をもって述べています。
また、後発開発途上国(LDCs)と小島嶼開発途上国(SIDs)は、現在、気候変動資金全体のうち、それぞれ14%と2%しか受け取っていないことにも触れており、脆弱な開発途上国は、気候変動リスクへの曝露に関連した追加的な債務負担を負っていると指摘しています。さらにこれは、「Covid-19の大流行に伴う不況と債務苦によってさらに悪化している。」としています。
公的債権者による債務救済、グリーンリカバリー債、債務-気候スワップ、SDGsに沿った債務手段は、脆弱な国々の債務負担を軽減し、適応と「グリーンな経済リカバリー」のための投資を「解放」することができると執筆者らは述べています。
§ 9. 世界はどのように気候変動に適応しているのでしょうか?
今回の報告書では、これまでのIPCC評価報告書よりも気候変動への適応が大きく取り上げられ、知識の拡大と緊急性の高まりが反映されています。
気候変動への適応の目標は、「気候変動に対するリスクと脆弱性を減らし、レジリエンスを強化し、ウェルビーイングと変化を予測する能力を高め、変化にうまく対応する」ことであると述べています。
この報告書では、以下のような多様な事例が紹介されています。
- 第2章:「適切な場所への」植林が、人、家畜、作物、さらには水源に日陰を提供し、気温の低下や漁業の維持に貢献する。
- 第3章:マングローブ、塩性湿地、海草藻場の再生が、大気中の二酸化炭素を除去し、嵐や海面上昇の影響から海岸を保護する。
- 第4章:亜乾燥帯の農家の、灌漑を利用した変化する雨のパターンへの適応
- 第5章 フードシステムにおけるリスクを減らし、食料安全保障を向上させ、コストを削減するための農業生態学的なアプローチを採用する。
- 第6章 物件の耐洪水化、道路沿いの排水の改善、NbSの取り入れ、洪水防御の建設、上流の土地からの流出の低減などによる都市における洪水リスクの管理。
- 第7章:気候変動による移住に適応するため、「安全で秩序ある人の移動」を支援し、移住者の権利を保護し、「送り出し側と受け入れ側のコミュニティ間」の資金の流れを円滑化する。
- 第8章:世界の最貧層の人々が気候変動にレジリエントになるように、水と衛生、教育、医療など、さまざまな種類の資産に官民で投資する。
1990年代には、適応に関する研究は比較的限られていました。温室効果ガスの抑制が効果的でタイムリーであり、社会が適応する必要はほとんどないという前提があった、と報告書は言っています。
2007年に発表されたIPCC第4次評価報告書(AR4)のWG2報告書では、適応に関する章は1つでしたが、AR5 WG2報告書では4つに拡大されました。これに対し、AR6では、「報告書全体を通じて包括的に」適応を取り入れたと述べています。
この変更は、気候変動の影響がより明らかになり、適応プロジェクトが立ち上がるにつれて生じたものである、と執筆者らは指摘しています。
それでもなお、報告書は、全体として「世界的に適応に関連する対応の程度は低い」ことを強調しています。多くは、アフリカやアジアで干ばつや洪水、降雨に対応する人々の行動の変化や、地方自治体の水道などのインフラやサービスの保護であるといいます。
また、洪水や猛暑への対策を除けば、「既存の対応が気候リスクを低減するのに十分であるという証拠はほとんどない」と高い確信度で結論づけています。さらに、気候変動への適応に関する「モデリングと分析には、大きな知識のギャップがある」とも述べています。
これらはすべて重要な問題であり、報告書が指摘するように、パリ協定の目標を達成するために十分な排出削減を行ったとしても、「変革的な適応が必要となる」のです。
適応については、災害リスク軽減のための仙台防災枠組みや、財政重視のアディスアベバ行動目標など、数多くの目標が設定されています。また、国連の包括的な持続可能な開発目標は、気候変動への適応が成功しなければ達成が困難であるとも指摘しています。
パリ協定自体にも「適応に関する世界目標」が盛り込まれていますが、その内容は「受け入れがたいほど曖昧」だと言われています。AR6報告書で指摘された重要な問題は、適応目標の設定が、単純に排出量で判断できる緩和よりも困難であるということです。
適応行動は「広範な活動に及ぶ」だけでなく、その成功は「より強く文脈に依存する」と報告書は述べています。
「”異なる、しばしばより広い関係者が関与し、どのような活動を適応とみなすか区別するのは難しい場合が多い”」。
このような課題を念頭に置き、報告書は、適応を評価するための3つの指標として、有効性、実現可能性、公正を挙げています。
有効性とは、広義には、ある解決策が気候リスクをどの程度軽減するかということですが、経済的な利益やより広い社会のウェルビーイングの尺度も含まれることがあります。
実現可能性とは、「障壁、実現要因、シナジーとトレードオフを考慮した上で」、どの程度まで可能であり、望ましいと考えられるかということになります。
これまでのIPCC報告書では、適応の章では気候正義について明示的に議論していませんでしたが、今回の報告書では、「公正なものを選択することによって、より良い結果が得られること」を明示的に示しています。国際、国、地方レベルでの適応目標には、「衡平、正義、有効性の概念に関わる」ことが必要であると高い信頼度で述べています。
気候正義は多くの人々にとって多くのことを意味しますが、報告書は一般に「分配的公正、手続的公正、認識に区別されるのが普通である」と記しており、これらは以下のように定義されています。
- 分配的公正:適応策の目的は、個人、国家、世代間の公平性を達成することである。
- 手続的公正:このような行動には、影響を受ける人々から「単に形式的ではなく、真の」参加が必要であり、コミュニティが気候危機についてよく知り、適応計画について発言することが必要である。
- 認識:「多様な価値観、文化、視点、世界観に対する基本的な敬意と強固な関わり、公正な考慮」を意味する。これは、最初の2つと密接に関連しており、これがなければ、アクターは「利益を得られない」可能性がある。
報告書では、「適応ギャップ」と「適応の限界」という2つの重要な概念が、既存の適応努力の評価の枠組みとなっていると述べています。
「”限界の範囲内であれば、適応ギャップは、適応行動を増やし、より成功させることによって埋めることができる。限界を超えると、緩和のみが適応ギャップを埋めることができる。”」
現在の適応ギャップの大きさについての理解はまだ限られているが、報告書は「重大な適応ギャップが存在する」と高い確信度で述べ、その要因の一つとして、十分な適応資金の不足を挙げています。
報告書では、一般に過去数年間に適応に関する研究が大幅に増加したことを認めています。
引用されたある研究によると、1978年から2020年の間に気候変動適応に関する出版物は年平均28.5%増加し、最も増加したのは2006年から10年で、それまでの5年間に比べ540%増加しました。
1990年代から2000年代にかけての適応研究は「学術的なものが中心」だったが、近年は世界中で適応プロジェクトが進行しているため、「現場での経験も多く含まれるようになった」と報告書は述べています。
また、このテーマの研究は、「工学的・技術的な選択肢」を見ることから、社会、制度、ガバナンスの側面にも広がっている、と付け加えています。
下図は、2013年から19年にかけて、適応に関連する対応を報告した1,682件の科学論文を調査したものです。色が濃いほど、その分野や気候ハザードに関する出版物が多いことを示しています。
パリ協定のグローバル・ストックテイク(2023年から5年ごとに実施)を通じて、各国は適応計画を監視・評価するよう奨励されています。
しかし、本報告書では、適応に関する理解は進んでいるものの、適応プロジェクトのモニタリングと評価は依然として盲点であると指摘しています。
このような長期的な活動は、「実装前の適応評価よりもはるかに少ない」と強調しています。長期的な評価により、何がうまくいき、何がうまくいかないかを理解することができるため、これは問題です。
報告書は、3分の1の国が適応の取り組みを監視・評価するための「措置を講じている」と中程度の確信度で述べていますが、「そのうちの半数以下しか実施状況を報告していない」としています。
報告書に引用されているあるレビューによると、グローバル・アダプテーション・マッピング・イニシアティブが確認した約1,700の論文のうち、適応プロジェクトの実施に伴うリスク低減の証拠を示しているのはわずか2.3%でした。
新しい報告書では、査読済みの科学論文や従来からIPCCのプロセスに反映されてきたその他の証拠に加え、先住民や地域の知識の重要性も強調しています。このようなアプローチは、「適応政策と実践を豊かにする知識の多様化に役立つ」と高い確信度をもって結論づけています。
「”先住民族は何世紀にもわたって適応の課題に直面し、変化する環境におけるレジリエンスのための戦略を開発してきた、それは現在および将来の適応の取り組みを豊かにし強化することができる。”」
本報告書はまた、政府やその他の関連機関が適応を実現するために何をすべきかを考察しています。
報告書は、適応の取り組みには、世界、地域、国、地方など複数のレベルの管轄権と意思決定にまたがる、「強力でマルチレベルのガバナンスシステムが通常必要である」と述べています。
また、既存のガバナンスに適応を「主流化」することで、変革的な適応を支援し、「解決空間」(「機会と制約が、なぜ、どのように、いつ、誰が気候リスクに適応するかを決める空間」と定義)を拡大することができるとしています。その一例が、都市計画者が都市計画の最初から適応策を検討することです。
報告書では、金融も重要な課題として挙げられており、「解決策を可能にする重要な条件であり、解決策を生み出す要因」であると強調されています。同報告書では、潜在的な投資対効果は大きいとし、早期警戒システム、地球規模のマングローブ保護、気候変動にレジリエントなインフラなどの対策に18億ドルを投資すれば、710億ドルの利益が得られると指摘しています。
しかし、この報告書は、先ごろグラスゴーで開催されたCOP26サミットでも話題になった、「適応に対する現在の公的資金・民間資金の流れは、必要よりもずっと小さい」という共通の主張を繰り返しており、近年、気候変動資金のうち適応策に使われたのはわずか4〜8%であることを、高い確信度をもって述べています。
Climate Home Newsによると、適応資金はSPMをめぐる交渉でより論争になったテーマの一つであることが判明しました。米国は適応資金を強調することに異議を唱えたとされますが、最終文書には、「強化された資金動員」とアクセ スの「不可欠な」必要性を含め、適応資金に関するいくつかの言及があります。
Earth Negotiations Bulletin は、米国、オーストラリア、フランス、アイルランドが、適応資金の不足を示す具体的な数字を最終SPMに入れるようインドから要請されたことに抵抗したと報告しました。
§ 10. 適応には限界があるのでしょうか?
この報告書では、適応の限界、つまり世界が進行している変化に対応することが困難、あるいは不可能となるポイントについて、長い議論が行われています。
この適応限界という考え方は、2014年のAR5で初めて導入され、「ある行為者の目的やシステムのニーズが、適応行動によって耐えがたいリスクから確保できなくなる時点」と定義されています。
このような概念は、十分な排出削減ができなければ適応を無に帰す可能性があるため、「適応と緩和の行動の適切なバランスに強く影響する」と報告書は述べています。言い換えれば、適応に多くの限界がある場合、緩和の努力を強化する必要があるということです。
これらの限界は、「ソフト」または「ハード」に分類され、それを克服することが可能かどうかで区別されます。
ソフトな限界とは、人間によって設定される傾向があり、例えば、十分な資金がない、安定した統治体制がない、建設技術を持つ人が少なすぎるなどの理由で、洪水防御が建設されないということが起こります。
一方、ハードな限界は、主に自然システムに関連するものです。海面上昇と暴風雨は、洪水防御が人々を守るのに十分でなくなる地点に到達する可能性があります。
本報告書の第2章(陸上および淡水の生態系)では、これらの適応不可能な限界を超えた場合の影響の大きさについて、次のように述べています。
「”一般に、適応策によって、1~2℃の地球気温上昇の悪影響を大幅に軽減できるが、これを超えると、種の絶滅や、人間の時間スケールでは元に戻せない大きな生物圏の変化など、損失が増大する。”」
IPCC の特別報告書は、これらの分野を掘り下げており、海洋・雪氷圏特別報告書では、サンゴ礁、都市化した環礁島、北極域の低平地周辺の生態系とコミュニティについて、土地関係特別報告書では、沿岸地域と永久凍土の融解の影響を受ける地域について上限を定めています。
サンゴ礁、マングローブ、湿地帯など、自然を基盤とした解決策は、いずれも適応努力に役立つものですが、地球が1.5℃を超えて温暖化すると、それ自体が厳しい限界に達する可能性が高いと報告書は述べています。
報告書は、これらの限界がどこにあるのかを理解することで、必要とされる緊急性を感じられるとしており、高い確信度をもって次のように指摘しています。
「”適応は、ソフトな適応の限界が現在近づいているか、超えている程度に緊急であり、これらのソフトな限界に対処するのに十分な適応レベルを達成するには、現在のトレンドが示すよりも速いスピードとスケールで行動する必要がある。”」
この報告書には、「残余リスク」についての議論も含まれています。この用語は、「ハザード、曝露、脆弱性を減らすための行動がとられた後に残るリスク」と定義されており、ほとんどの場合、これは適応の上限に達した後に残るものです。
気候適応がより広範なものになる一方で、適応の限界に関しては、証拠がやや不足しています。報告書によると、それぞれの地域やセクターで適応に限界があることについて、見解の一致度は高いですが、中程度の証拠しかありません。
下図は、1,682件の研究を対象に、どのあたりで限界が生じるかについて利用可能な証拠数を示しており、色が濃いほど証拠が多いことを示しています。この図は、適応の将来の限界に関する最も詳細な情報が、ラテンアメリカと小島嶼に存在することを示しています。
本報告書では、すでに存在する適応の限界の証拠を検証し、あるセクションでは、アジア全域の農業、アフリカの生計、小島嶼国への全般的な影響などの例を取り上げています。
ソフトな適応の限界の例としては、サモアでは財政的、物理的、技術的な制約から沿岸の洪水に備えることが困難であること、バングラデシュでは裕福な農家が対応策を実施する資金を持っている一方で河岸侵食への適応に苦労している小規模農家がいることなどが挙げられます。
ネパールの農村では泉が枯渇し、アフリカの一部では持続可能な生活を支えるためにオーガニックコットン生産が導入されても土地が不足するなどのハードな限界があります。
報告書によると、「経済や生活の崩壊、島の居住性の低下」、アフリカの貧困世帯が「貧困の連鎖に陥る」など、残されたリスクは深刻であるとしています。
世界の多くの地域がこのような暗い展望に直面していることから、IPCC報告書は、AR5以降の重要な進展として、「変革的適応」に新たな焦点をあてています。
ほとんどの適応は「漸進的」であり、既存のシステムを修正するだけである。一方、変革的な適応は、「社会-生態系の基本的な属性を変える」ものである。このことは、報告書が説明するように、限界の議論と関連しています。
「”変革的適応は、システムがソフトな限界を超えて拡張することを可能にし、ソフトな限界がハードな限界になることを防ぐことができる。”」
一つの例として、あるコミュニティを守るために防潮堤を建設することは漸進的適応であるが、そのコミュニティの土地利用規制を見直し、将来起こり得る危険を避けるために安全な場所へ移動させるためののプログラムを確立することは変革的適応となり得るということが示されています。
下の地図は、入手可能な文献に基づくと、世界中でこの種の適応が行われているという証拠は今のところほとんどないことを示しています(薄い色は、このような行動に関する証拠が少ないことを示しています)。
報告書は、適応の限界を克服するためにはこのような変革が必要かもしれないが、このアプローチには「リスクがないわけではない」と指摘しています。なぜなら、社会のあらゆるレベルに影響を及ぼす変革は、その社会の中で「既存の力関係を乱し」、「予測が困難で意図しない形で展開する」可能性があるからです。
§ 11. 報告書には、「損失と損害 (loss and damage)」についてどのように述べているのでしょうか?
本報告書では、国際的な気候政策と気候科学の双方において重要性が増している分野として、「損失と損害 (loss and damage)」を取り上げています。
この概念は、広義には、ハリケーンのような急激に発生する事象と、海面上昇のような緩やかに発生する事象の両方を含む、気候変動によって引き起こされる危害を意味します。
グラスゴーで開催されたCOP26では、このような影響に対処するための新たな資金提供制度を脆弱な国々は求めたものの失敗に終わりましたが、このテーマは大きな盛り上がりを見せました。この問題は、今後の気候変動交渉でも大きな争点となることが予想されます。
当初、海面上昇の影響を説明し、補償を求めるために小島嶼の途上国によって推進されたこの概念は、年月を経てその範囲を拡大してきました。
様々な主体が様々な方法で損失と損害を定義し、気候変動の影響とそれに対する対策の両方を表現するために、それぞれの定義を用いています。本報告書では、こうした「視点」の一端を整理しています。
- 適応と緩和:人為的な気候変動の影響はすべて損失と損害につながるため、危険な温暖化を回避する必要性を強調する。
- リスク管理:災害リスクの軽減、気候変動への適応、人道的努力の間の関連性を強調する。
- 適応の限界:適応と緩和の限界を超えて残る影響を意味する「残存する損失と損害」に焦点を当てる。
- 実存的な側面:気候変動の結果、ある人々やシステムにとって避けられない被害と避けられない変化を強調する。
IPCCが損失と損害に関する科学的文献を初めて評価したのは、関係加盟国の介入を受け、2018年に発表した1.5℃特別報告書でした。そこでは、気温の上昇に伴い、サンゴ礁の減少や沿岸の生活の衰退など「残存リスク」の増加が確認されました。
2018年の報告書では、損失と損害の「定義は一つではない」と結論づけ、新しいWG2報告書では、この「あいまいさが持続し、(損失と損害の)政策空間が明確に区切られていない」と結論づけました。この曖昧さと「具体的な対象範囲」の欠如が、政策立案を「複雑」にしていると指摘しています。
しかしながら、科学者、市民社会、政策立案者の間で、「リスク管理、適応の限界、実存的リスク、資金、責任、補償、訴訟を含む支援」を含む「対話がまとまりつつある」と報告書は述べています。
また、研究者が文化的損失などのより無形の側面を含む損失と損害の目録(インベントリ)を作成し始めていることに言及しています。それにもかかわらず、損失と損害ならびに適応限度に関する体系的なリスク評価は「依然として乏しい」と述べています。
また、科学者がコミュニティの移住や移転といった問題を議論する際にしばしばほのめかされることがあるものの、損失と損害の「実存的次元」についての議論は少ないと報告書は述べています。
早期警報システムなど、実際にリスクを低減する方策についての議論もありますが、報告書では、特に保険制度を通じて、残存リスクの影響に対する支払いを行う「リスクファイナンスに強く焦点を当てた対話が行われてきた」と述べています。
この報告書では、研究者たちが、損失と損害に対して支払うための新たな金融を活用するための潜在的な資金源とメカニズムの両方を探ってきたことを指摘しています。
ある研究では、富裕国が気候変動に脆弱な国に対して債務を負うという考え方は大いに異論があるにもかかわらず、調査した学術文献や灰色文献の半数が補償について言及していることが明らかになりました。また、「科学、特に原因特定に関する科学がさらに成熟するにつれて」政府や企業の訴訟リスクが高まる可能性があると警告している研究者もいます。
全体として、報告書は次のように結論付けています。
「”しかし、適応との関連も含め、その正確な対象範囲が政治的に明確にされていない以上、(損失と損害)資金の必要性と支出に関するいかなる推定も、極めて推測的なものにとどまる」”。
報告書はまた、社会的信念や価値、文化遺産、生物多様性の損失を含む非経済的損失と損害の評価が「欠けており、より注意を払う必要がある」ことを強調しています。
報告書では、大規模な人命の損失とそのメンタルヘルスや行動への影響、洪水後の文化遺産や「場所の感覚」の喪失、氷河期や島嶼地域のコミュニティにおける現在および将来の「アイデンティティの喪失」、アマゾンの脆弱な社会集団に対する山火事煙の影響などが例として挙げられています。
執筆者らは、このような価値を考慮すれば、損失と損害の総計はより高くなると述べています。
損失と損害の定義の複雑さは、「損失と損害」という言葉そのものにも及んでいます。
用語集の説明によると、WG2報告書は、国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)の下での政治交渉に言及するために大文字の「損失と損害(Loss and Damage, L&D)」を使い、科学文献では、観測された影響や予測されるリスクからの残留効果を指すために小文字の「損失と損害 (losses and damages)」という言及が使われると指摘しています。
BBCニュースによると、IPCCの科学者たちは、「losses and damages」という言葉は、「loss and damage」とは「異なる、より政治的でない意味」を持つとして、この言葉を使うことを希望していたといいます。
にもかかわらず、同ニュースサイトによると、報告書の承認セッションで「いくつかの富裕層政府」の高官が、気候変動交渉における問題の地位を高めるという懸念から、この概念を含めることに異議を唱えたとされています。富裕国は、loss and damageのために特定の資金を確保したり、過去の排出量に基づいてその責任を引き受けたりする取り組みに長い間抵抗してきました。
交渉を内側から報告するEarth Negotiations Bulletinによると、ノルウェーと米国は、「気候変動による経済的損害」ではなく「気候変動による経済的損失と損害」に言及するというグローバルサウス諸国のグループによる提案を拒否しました。
結局、WG2全体では依然として「loss and damage」への言及が多く見られるものの、一部では「losses and damages」に置き換えられることになりました。
This is interesting for anyone following the drama around “loss and damage” in the new #IPCC report.
— Josh Gabbatiss (@Josh_Gabbatiss) February 28, 2022
These amendments (all from the “small islands” chapter) show language being shifted slightly to the less politically loaded “losses and damages”.
(h/t @AyeshaTandon ) pic.twitter.com/jdZYlIXv5G
報告書の中で最も政治的な関連性の高いセクションであるSPMには、「loss and damage」についての言及はありませんが、「losses and damages」についての言及が15件含まれており、高い確信度をもって次のように述べています。
「”地球温暖化の増加に伴い、losses and damagesは増加し、さらに人間と自然のシステムは適応限界に達するだろう。”」
Climate Home Newsによると、交渉中、米国は、SPMの「losses and damages」を「影響」という言葉に置き換えるよう求めていました。
最終的に、この変更の試みは失敗に終わったようですが、その結果、「自然と人間に対する広範なlosses and damages」という言及は、「広範な悪影響およびそれと関連するlossed and damages」に置き換えられることになりました。
There have been reports of rich nations trying to water down #lossanddamage language in #IPCC SPM
— Josh Gabbatiss (@Josh_Gabbatiss) February 28, 2022
But l&d still appears throughout the report, and much more than the less politicised “losses and damages”
Unsurprisingly, the terms appear a lot in chapters on poverty and islands pic.twitter.com/QsQ6isuDvl
§ 12. 「悪適応」のリスクや気候変動への取り組みが意図しない結果をもたらすことはないのでしょうか?
また、報告書では、現在または将来の「システム、セクター、グループの気候変動に対する脆弱性を増大させる」適応策である「悪適応(maladaptation)」についても調査しています。
悪適応は、「重大な有害効果をもたらさないうまくいかなかった適応の取り組みを表す」「失敗した」または「成功しなかった」適応とは異なると報告書は述べています。
報告書によると、適応の選択に「良い」「悪い」はなく、適応と悪適応の違いは、地域の状況によって形成される「連続体」としてとらえるべきとしています。
適応プロジェクトの成功を評価する際に考慮すべき指標としては、人々や野生生物への恩恵、排出量削減の可能性、疎外された民族グループや女性、低所得者層に対する「衡平な結果」などがあります。
報告書では、悪適応の例をいくつか挙げており、気候条件の変化に対応してスペイン政府が推進したスペイン・ナバラ州の大規模灌漑プロジェクトの結果を検証する研究を引用しています。報告書は以下の通り述べています。
「”多くの小規模生産者は灌漑投資を行う余裕がなく、灌漑プロジェクトに参加する人たちに土地を売るか借りるかしなければならなかった。このプロジェクトは不衡平を拡大し、土地の集中を招き、作物の多様性を低下させ、小規模生産者は気候変動に対してより脆弱になった。”」
また、報告書は悪適応の例として、インドにおける植民地・ポスト植民地時代の農業政策を挙げています。
「このような政策は、国の食料生産を増加させたものの、高レベルの栄養失調、地域格差の悪化、天然資源の劣化、農地負債の危機を解決することができませんでした」と報告書は述べています。
悪適応の可能性を検証するだけでなく、報告書は「悪適応的な緩和」、すなわち温室効果ガス排出への対策が意図しない結果をもたらすことについても調査しています。
この報告書では、気候変動への対策が、人々や生物多様性にどのようなリスクをもたらすかについて例を挙げています。例えば、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの拡大が、生物多様性のある地域に負荷を与える可能性があります。
(これに関連して、今月初めにカーボン・ブリーフのゲストポストで取り上げた新しい研究では、自然エネルギーと生物多様性保護の間に矛盾が生じるが、自然エネルギーが適切な政策と規制の下で展開されるなら、重複は深刻になる必要はないとしています)。
報告書は、「最も深刻な対立は、緩和のための土地ベースの取り組みと生物多様性の保護との間」にあると述べています。
さらに、深刻なリスクをもたらす可能性のある土地利用型の取り組みとして、植林と、炭素分離回収型バイオエネルギー技術(BECCS)として知られる大気から排出物を除去するための技術の2つを挙げています。
BECCSとは、簡単に言うと、農作物を栽培し、発電所で燃やしてエネルギーを作り、その際に発生するCO2を大気中に放出する前に回収することで、回収されたCO2は、地下や海底に貯蔵されます。
温暖化を1.5℃に抑えるためのシナリオの多くは、BECCSをある程度取り込んでいます。
しかし、BECCSを世界規模で導入するためには、広大な土地をバイオエネルギー農園に転換する必要があり、すでに土地利用の変化により大きな影響を受けている世界の生物多様性に大きな脅威をもたらす可能性があるのです。
IPCCが引用したある研究では、気温上昇を2℃に保つのに十分な規模でBECCSを導入すると、陸生生物に大きなリスクをもたらし、温暖化抑制による利益が帳消しになる可能性があると指摘しています。
また、別の研究では、気温上昇を2℃に保つためにBECCSを使用すると、ヨーロッパの鳥類に、地球の気温が4℃上昇した場合よりも大きな影響を与えることがわかりました。
「BECCSの最悪の影響を避けるためには、状況や地域の状況に応じて慎重に目標を定め、他の緩和戦略を優先させ、その使用を最小限に抑える必要がある」と、報告書は述べています。
植林については、かつて森林であった場所を補うことは「複数の利益をもたらすことができる」としながらも、自然に生育しない場所に木を植えることは「気候変動の影響を悪化させる可能性を含め、深刻な環境影響を及ぼす可能性がある」と指摘しています。
サバンナ(熱帯地方に見られる草原)は、「植林計画によって危険にさらされる」生態系のひとつである、と報告書は述べています。
本報告書では、気候変動への適応と緩和における「自然を基盤とした解決策」の有効性について多くのセクションで取り上げています。
現在の定義では、報告書は、自然を基盤とした解決策(NbS)が「気候変動への適応と緩和をもたらすだけでなく、他の持続可能な開発目標にも貢献する」ことを高い確信度をもって受け入れています。
執筆者らは、NbSが「普遍的に受け入れられている用語ではないが、科学文献の中でますます使用されるようになっている」と指摘しています。また、その定義から、自然を利用して「人間の問題を解決するが、生物多様性に利益を与えない」行動は除外されることを認識しています。SPMは、この用語が「現在進行中の議論の対象であり、NbSがそれ自体で気候変動の地球規模の解決策を提供できるという誤解を招く恐れがある」とも述べています。
執筆者らは、「生態系を活かした適応」(EbA)-生態系のレジリエンスを高め、脆弱性を減らして人々の適応を助けることを目的とする-はNbSのサブセットになりうると述べ、一方でNbSとEbAの両方が「それ自体気候変動の影響に脆弱」であると見ています。
執筆者らは、人間と気候のためのこれらの解決策が、野生種と生息地に利益をもたらし、しばしば他のSDGsに貢献することができるという確固たる証拠があることに同意しています。
しかし、「不適切な発想と設計」の自然を基盤とした緩和プロジェクトは、複数の負の影響をもたらす可能性があると、報告書は高い確信度をもって述べています。土地や水資源をめぐる競争を引き起こしたり、悪化させたり、「人間のウェルビーイングを低下させる」、「長期的に持続可能な緩和策を提供できない」可能性があるのです。
NbSが成功するためには、地元の生計を支えることが「重要」であると、報告書は高い確信度をもって述べている。「先住民、地元コミュニティ、数百万人の私有地所有者」が恩恵を受け、NbSに関する意思決定に積極的に関与する必要があります。
この研究の執筆者は、「自然を基盤とした解決策は、温室効果ガス排出の大幅削減の代替策や遅延の理由とは見なされない」と高い確信度を持って述べています。
第2章では、森林、泥炭地からブルーカーボン、都市型NbSまで、NbSの定義と有効性について、章をまたいだボックスで別途検討していまする。
森林
「既存の自然林」を維持し、「半自然林」を持続的に管理することは、「非常に有効なNbS」であると、報告書は高い確信度をもって述べています。
自然林の保護は現在、気候緩和の取り組みに年間50〜70億トン(GtCO2/年)のCO2を寄与していると推定されています。
評価書は、森林再生は「炭素を隔離し貯蔵する最も実用的で費用対効果の高い方法の一つである」とし、特に「気候変動にレジリエントな在来種または地理的に近い種」を用いて実施した場合、同時に生物多様性を保護し回復させることができると高い確信度で示しています。また、生態系における水の供給と質を向上させ、洪水や土壌侵食のリスクを低減させることもできるとしています。
山火事、干ばつ、害虫の発生は、樹木の枯死を引き起こす可能性のある深刻な撹乱とみなされ、蓄積された森林炭素を大気中に押し戻すと報告書は指摘しています。これらの攪乱は、気候変動により増加傾向にあり、「適応の必要性」を促しています。
単一植林(プランテーション)ではなく、多様な種を用いた生態系の再生は、こうしたリスクを軽減するのに役立つのです。
報告書は、周辺状況を考慮した計画を実施せず、先住民族や地域社会と「有意義な関わり」を持たず、「自由意思に基づく事前の情報提供による同意」を求めない単一栽培のプランテーションは、「生物多様性や権利、生活、ウェルビーイングにリスクをもたらし、さらに天然林よりも気候変動レジリエンスが低くなる」と非常に高い確信度を持って指摘しています。
さらに、報告書は、サバンナや泥炭地など自然林のない場所での植林は、「生物多様性にダメージを与え、気候変動に対する脆弱性を高める…つまり、自然に基づく解決策ではなく、温室効果ガス排出を悪化させうる」と高い確信度で警告しています。
また、リモートセンシングによる調査は、「劣化した森林と自然に開けた地域」の区別がつかないため、植林可能な土地を過大評価することが多いとしています。
泥炭地
泥炭地は、「数千年かけて構築された、もともと高炭素な生態系」である、と報告書は述べており、泥炭の排水、伐採、燃焼はCO2の放出につながると、執筆者らは非常に高い確信度で述べています。
乾燥した泥炭地を再び湿らせ、さらなる伐採や焼却を防ぐことで、温帯の泥炭地をある程度回復させることができるが、「これは何年もかかるプロセスである」といいます。
湿地帯にある熱帯湿潤林である「泥炭林」をそのまま保護することは、「コスト、CO2緩和、食料源の保護の両面において、圧倒的に効果的な方法である」と報告書は指摘しています。
北半球の泥炭地では、木を植えるために水を抜かれることがあります。これは「CO2排出につながる」と執筆者は高い確信度で述べ、復元には「樹木の除去と排水の再封鎖が必要」だとしています。
アグロエコロジーとアグロフォレストリー
この報告書では、アグロフォレストリーおよびアグロエコロジーの戦略について考察しています。アグロフォレストリーとは、農業システムにおいて、樹木や低木を作物や家畜と一体化させることを指し、アグロエコロジーとは、「間作、家畜の放牧移動、有機農業、家畜・魚・作物の統合、被覆作物、アグロフォレストリー」を含む一連の実践方法であると報告書は定義しています。
この報告書で評価された研究によると、アグロフォレストリーは従来の農業よりも20〜33%多くの土壌炭素を貯蔵することができ、同時に火災のリスクも軽減できることが実証されています。
「アグロエコロジー的に改善された農地と放牧地管理」の緩和可能性は「重要」であり、年間 2.8-4.1GtCO2e と推定されます。
報告書によると、窒素ベースの肥料やその他の合成物質の投入を最小限に抑えることで排出量を減らし、被覆作物は土壌の炭素を増やし、亜酸化窒素の排出を減らせます。生物多様性のあるアグロフォレストリーシステムは、単純なアグロフォレストリーや従来の農業よりも自然や人々に恩恵をもたらすと、同報告書は付け加えています。
アグロフォレストリーや有機農業の収量は集約農業より低いこともあるが、報告書は、社会経済的、政治的、生態系の状況に基づいて、様々な時間枠でアグロフォレストリーが「生産性と利益を高めることができる」と中程度の確信度で述べています。
執筆者たちは、アグロエコロジーの原則と実践を採用することは、「気候変動下での健全で生産的な食料システム」を維持するために「非常に有益」であると、高い確信度をもって同意しています。
ブルーカーボンと海洋
マングローブ、沼地、海草藻場などの生態系に依存した「ブルーカーボン戦略」は、まだ「比較的新しく、その多くが実験的で小規模」であると報告書は指摘しています。
ブルーカーボンシステムは、局所的に高い炭素蓄積・貯留率を示す証拠がある一方で、他の温室効果ガスの「生産量が変動する」ため、NbSとしての全体的な緩和価値を見積もることは困難です。例えば、マングローブや湿地の水流を回復させれば、メタンや亜酸化窒素の排出を削減できる可能性がありますが、その証拠は限られています。
報告書は、ブルーカーボン戦略は気候緩和のための「効果的なNbSとなりうる」が、その全体的な世界または地域の可能性は「限定的かもしれない」と、中程度の確信度で結論づけています。しかし、これらのシステムは「海面上昇の影響を打ち消し、高潮や洪水の浸食を緩衝する」ことができ、気候適応、生物多様性、文化、社会経済的利益をもたらすことに高い確信度を持っています。
砂丘や沿岸湿地の復元は、沿岸リスクを軽減し、インフラと海との間の緩衝材として機能するため、直接的な利益をもたらすと報告書は述べていますが、これらの解決策は「どこでも実現できるわけではない」、特に都市化した地域では実現が難しいとも述べています。
加速する海面上昇への適応には限界があり、それは地中海のような地域にも当てはまる、と執筆者らはクロスチャプターペーパー4で指摘しています。その結果、ジブラルタルの地表高さ制御ダムのような大規模な「地球工学プロジェクト」のアイディアが刺激され、「人間や生態系に未知のリスクをもたらす」ことになりました。工学に基づく沿岸適応は、「沿岸生態系に大きな残存影響をもたらす可能性がある」と、報告書は高い確信度をもって指摘しています。
第3章では、海洋・沿岸域の適応策としてのNbSは、適切に設計・実施されれば、「費用対効果が高く」、「複数の便益を達成」でき、「近・中期的に生物多様性の保全に貢献できる」と、高い確信度をもって述べています。しかし、その効果は温暖化とともに低下し、「緊急の緩和」を伴わなければならないとしています。
例えば、2030年以降のサンゴ礁や2040年代以降のマングローブを保護するためには「保全と復元だけでは不十分」と報告されています。
海洋保護区は、海洋熱波を防ぐことはできないが、「さらなるストレス要因を取り除き」、「海洋動植物に気候変動に適応するチャンスを与える」ことで、気候レジリエンスを高めることができるとしています。
この報告書では、持続可能な漁業をNbSとみなしています。なぜなら、海洋商業種を持続的に管理することにより、「漁獲高と食料生産が最大化」され、国連の飢餓ゼロ目標に貢献できるからです。
下図は、海洋・沿岸域のNbSとその実現可能性、および中期的な気候変動リスク軽減の有効性を検討したものです。枠を囲むアウトラインの重みは、観測された証拠に基づき、その解決策の可能性に対する確信度を示しています。各ソリューションの実現可能性と有効性は、生態系とコミュニティの適応を支援する能力に基づいて、それぞれ青と赤の点でランク付けされています。
アーバンNbS
慎重に設計された都市の緑化と「よく機能する生態系は、都市、居住地、インフラを複数のスケールで気候ハザードから緩衝する上で重要な役割を果たすことができる」と報告書は述べています。
都市における「グリーン&ブルー・インフラ」と自然地域の保全への投資は、「災害リスクの軽減と気候変動への適応のための後悔しない対策として広く認識されている」。気温変動の緩和や自然の洪水防御から、身体的・精神的な健康効果まで、都市のNbSは多くの「適応と回復の効果」をもたらすと執筆者は指摘しています。
街路樹、屋上緑化、壁面緑化、その他の都市緑化は、民間および公共スペースを冷やすことで猛暑を軽減することができる戦略として挙げられています。
また、屋外の緑地は屋内の暑さリスクをわずかに軽減し、エネルギーコストの削減に貢献する可能性があるといいます。評価した研究によると、「空調システムが一般的な都市では、木陰のある住宅は住宅のピーク時の冷房需要を30%以上節約できる」ことがわかりました。
報告書では、都市における「すべての緑化計画」をNbSとみなすべきでないとしており、特に生物多様性に寄与しない場合はそうであるとしています。
この報告書では、グリーンスキームが「少数者に自然ベースの解決策を提供する緑の高級化」を引き起こしたり、水需要や公共利用を増加させたりする可能性があるという研究を指摘しています。報告書は、裕福な地域が貧しい地域より多くの利益を得ることがないよう、衡平性を考慮した慎重な計画をアドバイスしています。
居住地近くの湿地帯の復元は、公衆衛生を守るために蚊の駆除と組み合わせる必要があるが、毒性を下げ、水のろ過を改善するのに極めて効果的である、と報告書は述べています。
「都市公園やオープンスペース、森林、湿地、屋上緑化、人工雨水処理装置」が、雨水の流出や地表の洪水、汚染物質による流出水の汚染を減少させるという確実な証拠が存在します。
同様に、沿岸生態系が都市における沿岸の洪水や暴風雨の影響を軽減することができるという点でも、執筆者の間で高い見解の一致が見られます。例えば、植生や岩礁は、「波浪エネルギーを分散させ」、水位や海岸線の浸食を軽減し、「人命を救い、高価な財産の損害を防ぐ可能性がある」。しかし、津波などの異常気象から海岸を守るには、「海岸の生息地にも限界がある」。
都市農業は食料安全保障のためのNbSとして機能し、貧しいコミュニティではすでにそうなっていると報告書は指摘します。しかし、土地の利用可能性は「過去の産業利用など、土地利用の歴史によってさらに制約される可能性がある」のです。
承認セッション
SPM に「自然を基盤とした解決策」という言葉を含めることは、SPM の承認セッションで激しく争われました。Third World Network によると、「フランスを中心とする先進国は、人、生物多様性、生態系サービスに対する気候リスクを低減するための方策として、[NbS]を生態系ベースの適応と同等に扱うよう提唱しました」。
しかし、「南アフリカを中心とする」途上国は、この用語は争点になると主張しました。Earth Negotiations Bulletin (ENB)によると、南アフリカ、インド、エクアドルは、「NbSの概念は非常に問題 が多く、文献に存在するからといってIPCCが取り上げるべきものではないと主張」し、その削除、またはインドが 提案したように「適応と関連するセクションCには入れない」よう要求しました。インドは、この用語は「ヨーロッパの都市化された文脈」に由来するとし、その問題は「緩和の必要性をカーペットの下に押し込める」「解決策」という言葉であると述べたと報道されました。
最終的に、「自然に基づく解決策」は SPMの脚注にもってくるよう交渉されました。SPMでは、この用語は「現在も議論が続いており、NbSが単独で気候変動のグローバルな解決策を提供できるという誤解を招くことが懸念される」と付け加えています。
さらに、今年自然に関する新協定を交渉することになっている生物多様性条約(CBD)に脚注で言及するというアルゼンチンの提案には、米国やインドなどが反対したとENBは述べています。
§ 14. 報告書では、気候変動にレジリエントな開発についてどのように述べられていますか?
気候変動と持続可能な開発との関連は、2001年のAR3以来、「長い間認識されており、全てのWG2報告書で評価されてきた」と報告書は述べています。AR5では、「気候変動にレジリエントな開発」という、「気候リスクの低減を目的とした協調的な適応・緩和行動を含む開発の経路を評価するのに役立つ」コンセプトが導入されました。
AR6報告書では18章をこのテーマに充て、他の章でもそれに特化したセクションを設け、「異なるグループや地理に不平等にある気候リスクに対処するために、セクターや地域内での、統合的かつ変革的なソリューションが必要であると強調」しています。
Expert analysis direct to your inbox.
Get a round-up of all the important articles and papers selected by Carbon Brief by email. Find out more about our newsletters here.
Get a round-up of all the important articles and papers selected by Carbon Brief by email. Find out more about our newsletters here.
執筆者らは、気候変動にレジリエントな開発を「すべての人のための持続可能な開発を支援するための、温室効果ガスの緩和と適応の解決策を実装するプロセス」と定義しており、気候変動対策と持続可能な開発を「統合的な方法で追求することは、人間と生態系のウェルビーイングを高める上で、その効果を高める」と説明しています。
気候変動にレジリエントな開発は、緩和と適応のための「能力構築の助けとなる」と、報告書は言っています。例えば、「クリーンなエネルギーの生成、持続可能な食料システムによる健康的な食生活、適切な都市計画や交通、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジや社会的保護を取り入れることで、健康とウェルビーイングのコベネフィットを相当程度生み出すことができる」と、非常に高い確信度で示しています。また、次のように付け加えています。
「”同様に、水とエネルギーへの普遍的なアクセスは、貧困を減らし、人々のウェルビーイングを向上させると同時に、気候の悪影響に対してより脆弱でなく、よりレジリエントなものにすることができる。”」
報告書は、気候変動にレジリエントな開発を追求するための「複数の可能な経路」があり、それは「複雑なシナジー・トレードオフに直面することを含む」と述べています。また、次のように付け加えています。
「”適応、緩和、持続可能な開発への介入に関連するコスト、便益、トレードオフを調整し、それらを異なる集団や地域間でどのように分配するかは、不可欠かつチャレンジングであるが、人間と生態系のウェルビーングに利益をもたらすシナジーを追求する可能性も生み出す。”」
下図(SPMより)は、社会の選択がどのように気候変動にレジリエントな開発(緑色の経路)の方へ、または離れて(赤色の経路)いくかを示しています。いくつかの選択は、黄色とオレンジの経路で示されるように、様々な結果をもたらします。
この図は、「より気候変動にレジリエントな持続可能な開発の未来に向かい、そこから遠ざかることなく、変革的な変化を起こすための機会の窓が狭く、かつ閉じている」ことを強調しています。点線は、「過去の社会的選択と気温の上昇により、もはや利用できない」経路を示しています。
執筆者らは、「2030年までの持続可能な開発目標(SDGs)に向けた不十分な進展は、気候変動にレジリエントな開発の見通しを低下させる」と指摘している。
報告書は、気候変動の影響とともに、現在の開発トレンドは「持続可能な開発に向かうというより、むしろ遠ざかっている」と警告しています。この結論には、中程度の同意と強固な証拠があると、報告書は指摘しています。
この傾向には、「所得格差の拡大、温室効果ガス排出量の継続的な増加、土地利用の変化、食料および水が不安定であること、避難民、いくつかの国における長期的な寿命の伸びの傾向の逆転」などが含まれると報告書は述べています。そして、これらの傾向は、「貧困、不公正と不平等、環境悪化につながる」とし、気候変動によって「人間と生態系のウェルビーングを損なう」ことでさらに悪化させる可能性があるとしています。
SPMは、気候変動にレジリエントな開発は、「現在の地球温暖化レベルでもすでに難易度の高い状況にある」と高い確信度を持って警告し、さらにこう付け加えています。
「”温暖化レベルが1.5℃を超えると、気候変動にレジリエントな開発の見込みはさらに制限され(確信度が高い)、温暖化レベルが2℃を超えると、いくつかの地域や小地域では不可能になる(確信度が中程度)。”」
気候変動にレジリエントな開発のための機会は場所によって異なる、と報告書は非常に高い確信度で述べています。
「”世界的な温室効果ガス排出経路への応答、地域や地方の開発経路、気候リスクへの暴露、社会経済的・生態学的脆弱性、効果的な適応や温室効果ガス緩和策を実施する地方の能力は、地方の文脈や条件によって異なる。”」
例えば、「オーストラレーシアにおいて根底にある社会的・経済的脆弱性は特定の社会集団の不利益を悪化させ、現在および予測されるリスクを考慮すると、適応への投資は極めて不十分である」と述べています。
報告書のボックス18.2は、ケーススタディとして「ケニアにおける気候変動にレジリエントな開発のビジョン」をハイライトしています。同国政府は、「ケニアを、清潔で安全な環境の中で、すべての国民に質の高い生活を提供する新興工業国、中所得国にする」というビジョンを掲げています。
このビジョンの主要な要素は、ケニアのラム港と南スーダンおよびエチオピアを結ぶ輸送回廊を作ることを目的としたラム港-南スーダン-エチオピアプロジェクト(LAPSSET)です。このプロジェクトは、道路、鉄道、パイプライン、送電などのプロジェクトが配置される幅500mの「インフラ回廊」と、インフラ回廊の両側50kmに「その他の産業投資」を含む「経済回廊」の2要素で構成されています。
このプロジェクトの支持者は、「農業、畜産業、エネルギーなどに関連する経済分野の発展を可能にし、経済成長に伴って可能となる様々な社会的目標の達成を支援することでつながりの弱い地域」を開放すると主張しています。
しかし、「非常に複雑でダイナミックな社会、経済、生物物理学的な設定の文脈の中で推進されているため、その前提には依然として議論の余地がある」といいます。
これらの異なる要因が相互に関連しているため、「無数の方法でLAPSSETと交差している」と執筆者らは述べています。
「”例えば、LAPSSETの実施は、土地の囲い込みの増加や、より都市的で定住的な生活への移行など、いくつかの傾向を際立たせる可能性がある。逆に、LAPSSETが牧畜民のライフスタイルを脅かすと認識されることで、牧畜民の組織の認知度、連帯感、強度が高まる可能性もある。”」
報告書のボックス18.6では、気候変動にレジリエントな開発において生態系がいかに「重要な役割」を果たすかを説明し、気候変動を緩和するための行動が適応、生物多様性、人間のニーズを損なわないことの重要性に言及しています。また、このセクションは次のようにも記しています。
「”生態系の保護と回復、生態系を活かした気候変動適応(EbA)と自然を活用した解決策(NbS)は、人々の気候リスクを下げ、食料や物質の供給、気候緩和、社会的利益を含む複数の利益を達成することができる。”」
また、この報告書は、「ジェンダー、気候正義、変革的な経路」に焦点を当てた「章をまたいだボックス」を設けています。「ジェンダーやその他の社会的不公平(例えば、人種、民族、年齢、収入、地理的位置)が、気候変動の影響に対する脆弱性を増幅する」ことを高い確信度をもって指摘しています。
適応のための行動は「ジェンダー的平等に肯定的な結果を自動的にもたらすわけではない」とし、「不平等な権力の力学を変え、気候適応のための包括的な意思決定を促進するための努力が必要である」と指摘しています。
さらに、「気候変動の脆弱性や社会的公正の問題に対処するために、ジェンダーやその他の社会的不公平を気候政策にうまく組み込んだ例は非常に少ない」と、非常に高い確信度をもって指摘しています。
気候変動にレジリエントな開発には、何をもって成功とするのか、決まった定義はないと報告書は指摘し、むしろ、達成や成功は「常に進行中の作業」であるとしています。
「”それは、緩和、適応、持続可能な開発のための様々な選択肢を検討・評価し、行動し、調整する絶え間ないプロセスであり、社会的価値とその価値に対する論争によって形成されるものである。”」
とはいえ、もし気候変動にレジリエントな開発が「すべての人のための持続可能な開発を支援するために、温室効果ガスの緩和と適応のオプションを実装するプロセス」と定義されるなら、「これは成功のための様々な潜在的基準を意味する」と執筆者は指摘します。したがって、「国連の17のSDGsは、(限定的ではあるが)良い進捗の指標を提供してくれる」としています。
§ 15. 報告書には、特定の地域についてどのような情報が記載されているのでしょうか?
IPCCの地域別の気候変動情報の取り扱いは、第1次評価報告書以降、顕著に変化しており、初期の評価報告書ではケーススタディのパッチワークであったのが、最近の報告書ではより体系的に地域の問題を取り扱うようになりました。
AR6 WG2報告書では、地域的な気候情報に関して、7つの章(1,000ページ以上)が設けられており、これらは、登場する順に、アフリカ、アジア、オーストラレーシア、中南米、ヨーロッパ、北米、小島嶼となっています。
WG2の共同議長であるデブラ・ロバーツ博士は、報告書の出版に先立つ記者会見で、この報告書の「非常に強い地域へのフォーカス」は、AR5以降の重要な進展の一つであると述べました。ロバーツ博士は、「我々は文字通り物理的に地域章を報告書の中心に移動させた」と述べ、「地域の章は重要な柱となった」と付け加えました。
この地域別の章では、7つの地域それぞれにおける気候変動の現在および将来的な影響について、以下のような項目が挙げられています。
- 地域の気温
- 極端な気象現象
- 食料と水の安全保障
- 移住
- 健康と病気
- 経済と生活
地域別の章に加え、執筆者らは異なる環境と生態系について以下の通り7つの「章をまたいだ論説(cross-chapter paper)」を執筆しました。
- 生物多様性ホットスポット
- 海辺の都市と居住地
- 砂漠、半乾燥地域と砂漠化
- 地中海沿岸地域
- 山岳地帯
- 極地
- 熱帯雨林
章をまたぐ論説は、地域の章と同様の形式で、気候変動がその地域に与える現在と将来の影響の概要を述べ、適応策について、しばしば先住民の知識に重点を置いて議論しています。
これらの論説は、今回のWG2報告書で新たに追加されたものです。AR5 WG2報告書には、「海洋酸性化」や「熱帯低気圧災害からの長期的なレジリエンスの構築」などのトピックについて、章をまたいだ短いボックスが含まれていますが、これらは短いものであり、特定の地域や環境に焦点を当てたものではありません。
地域別の章では、ケーススタディも取り上げています。例えば、オーストラレーシアの章では、「危機のグレートバリアリーフ」というボックスがあり、世界最大のサンゴ礁が「すでに気候変動によって深刻な影響を受けている」と高い確信度で述べています。
一方、ヨーロッパ編では、「ベネチアとそのラグーン」というボックスが設けられています。ベネチアとそのラグーンがユネスコの世界遺産に登録されていることに触れつつ、洪水がますますこの街を脅かしているとしています。
「”街に影響を与える洪水の頻度は、20世紀前半の10年に1回から、2010年から2019年の期間には10年に40回に増加している。”」
そして、アジアの章では、大陸の氷河について深く考察しています。それによると、アジアの氷河は下流の2億2千万人に水を供給しており、2006年から16年にかけての氷河の縮小は、水供給の不安定化を招いており、それは今後数十年で悪化すると予測しています。
一方、アフリカの章では、7地域間の一人当たりの排出量を比較し、1990年から2019年までの全体の排出量の変化を示した下図が掲載されています。
この図から、一人当たりの排出量は、オーストラレーシア、北米、ヨーロッパで最も多く、1990年以降は3地域とも減少していることがわかります。また、アジアでは過去30年間に一人当たりの排出量がわずかに増加し、全体の排出量が3倍になっていることも示しています。
アフリカの章では、歴史的な排出量の不平等を、高い確信度をもって強調しています。
「”アフリカは、人為的な気候変動の原因となる温室効果ガスの歴史的な排出量への貢献が最も少なく、現在、すべての地域の中で一人当たりのGHG排出量が最も少ない。”」
また、報告書の地域章では、これまでにとられた適応策を議論し、今後の適応策の可能性と必要性を強調しています。
小島地域の章では、小島が「能力構築と適応戦略への投資を最も緊急に必要としている」と高い確信度で述べています。しかしながら、次のように付け加えています。
「”多くの小島嶼部では、適応措置はしばしば漸進的であり、極端または複合的な事象の規模に見合わない(確信度が高い)。”」
「”適応戦略はすでにいくつかの小島で実施されているが、最新の情報や地域に関連した情報の不足、利用可能な資金や技術の不足、適応戦略における先住民の知識や地域の知識の統合の欠如、制度的制約などの障壁に遭遇している。”」
適応における先住民の知識の重要性は、多くの地域章において強調されています。例えば、アフリカの章では、「アフリカの先住民の知識と地域の知識システムの多様性は、地域スケールでの適応行動のための豊かな基礎を提供する」と高い確信度をもって述べられています。
また、アフリカには世界の先住民族の言語の30%以上が存在し、それらは「生物多様性、土壌システム、水に関する生態系固有の知識が非常に豊富」であり、「先住民族の言語はより効果的な気候変動コミュニケーションと気候適応を可能にするサービスのための大きな可能性を秘めている」とも述べています。
一方、中南米編では、「AR5以降、先住民の知識や地域の知識体系を自然科学や社会科学と統合する研究アプローチが増加した」と述べ、適応における先住民の知識の重要性を強調しています。
また、多くの地域の章では、AR5 以降の主要な科学的発展に関するセクションが含まれています。例えば、アフリカの章では、アフリカ大陸で観測され、予測される気候リスクについて、科学界が自信を深めていることが強調されています。
さらに、アジアにおける新たな展開は、気候適応の研究に重点を置いている、と執筆者らは述べています。また、ヨーロッパの章では、異常現象の原因特定が「大幅に増加」していることに注目しています。
SPMは地域情報についても触れており、「西、中央、東アフリカ、南アジア、中央・南アメリカ、小島嶼開発途上国、北極圏」が「人間の脆弱性が高いホットスポット」であると高い確信度を持って述べています。
(国立環境研究所 訳)。